札ノ辻01
札ノ辻のクランクカーブに差し掛かる電車
(戦前絵葉書より)

松電に由来する伊予鉄・本町線は、昭和21(1946)年に休止になるまで本町~札ノ辻間が現在よりも少し東側を通っていたため、札ノ辻にはクランク上のカーブが生じていました。このカーブは松山城の角を堀を埋め立てて用地を確保したもので、堀の埋め立てが難航した事から全線の開業に間に合わなくなり、明治44(1911)年9月1日から同月19日までの19日間だけ本町~札ノ辻間を未開通区間(0.2km)として暫定開業せざるを得なくなりました。19日ぐらいなら待てば良い気もするけど、旧三津浜町にとっては待望の鉄道だったので一日も早い開業を望んだのでしょうか。
クランクの曲がり口に建っている4階建ての洋風建築物は大丸百貨店で、開業は大正6(1917)年頃、廃業は昭和4(1929)年頃と言われている事から絵葉書の撮影時期を絞り込むヒントになりそうです。
なお、下の絵葉書には大丸百貨店が写ってないので、こちらは大正6(1917)年以前、つまり松電時代(明治44年~大正10年)に撮影されたものと思われます。


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萱町01
南側から見た古町跨線橋
(戦前絵葉書より)

松山電気軌道が伊予鉄の二路線(高浜線と城北線)を跨いでいた古町駅北側の跨線橋は、当時としては珍しい電車同士の立体交差だったので、松山市の繁栄ぶりを示す格好の撮影地として多くの写真が現存しています。
ここで整理しておくと、左の蒸気機関車(坊ちゃん列車)は松電と競合した伊予鉄高浜線で、明治21(1888)年開業、1067mmへの改軌、複線化及び電化されたのは昭和6(1931)年です。
右の電車は道後鉄道(明治28年開業)由来の伊予鉄城北線で、こちらも起終点(古町~道後)が松電と同じであるため競合する要素を孕んでいましたが、ルートが南北に大きく離れていたために共存する余地があり、現在は伊予鉄の城北線、城南線として路面電車の環状線を形成しています。
そして橋上の松電は明治44(1911)年に開業したものの、伊予鉄との競争に敗れた結果、昭和2(1927)年に萱町~江ノ口間(西側の半分)が廃止されました。


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戸塚踏切24
戸塚駅東口側から見た戸塚踏切
(平成27年2月27日撮影)

平成27(2015)年3月25日に閉鎖された戸塚踏切(横浜市戸塚区)を3年ぶりに訪れてみると、すっかり周辺整備は終わっていて、一見しただけでは踏切があったとは分からない状態になっていましたが、東口側には「戸塚大踏切ひろば」が開設され、この地に地元の名物として親しまれていた踏切が存在した事を伝えています。


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松山電気軌道01
松山電気軌道開通記念絵葉書

松山電気軌道の廃線跡のうち本町以西の区間は遺構も資料も乏しく記事にしにくいため、前回の更新から7年以上も開いてしまいましたが、ここを書かない事には先に進めないので今回は三本柳から六軒家まで一気に紹介しときましょう。
まずは今回紹介する区間とは直接関係ないけど、最近になって発見した松山電気軌道の開業記念絵葉書から。これは乗車券も兼ねた記念切符的なもので運賃は通行税込で9銭(乗車区間は不明)。日付印は明治44(1911)年9月20日となっていて、これは難工事のため開業が遅れた札ノ辻~本町間(L=0.3km)が開通した翌日に当たります。


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伊予市駅01
松山~南郡中間 開業記念絵葉書

昭和5(1930)年2月27日、予讃線が松山駅から南郡中駅(現在の伊予市駅)まで延伸開業した際、この記念絵葉書が発行されました。ここで注目したいのは大洲以南の予定線が坂石~近永を通っている点です。当時、南予では現行の八幡浜、卯之町ルートと坂石、近永ルートの沿線が熾烈な誘致合戦を繰り広げており、ようやく現行ルートでの敷設が決定したのは昭和8(1933)年の事でした。これは両ルートの沿線人口を比較してみると妥当な判断だったと思います。


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石手川橋梁01
(旧)石手川橋梁と仮設橋
(平成25年8月1日撮影)

今から5年前の平成25(2013)年頃に、石手川橋梁(予讃線・松山~市坪)の架け替えが始まるという話を聞いたので見に行くと、既に架け替え期間中に使用する仮設橋が完成していました。この後、間もなく仮設橋への切り替えが行われ、旧橋は同年のうちに撤去されたそうです。仮設橋は新橋が開通する平成28(2016)年の秋頃まで約3年間にわたって使用されています。
なお、石手川橋梁の架け替えは松山駅付近の高架化事業に伴う複線化のほか、石手川の河道を拡幅(30m→80m)する河川改修によるものです。

【石手川橋梁】
昭和5(1930)年開業
延長48m
下路プラットトラス橋
平成25(2013)年廃止


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長浜港01
長浜港
(戦前絵葉書より)

高所から長浜港(愛媛県大洲市)を撮影した戦前絵葉書。撮影時期は不明であるものの、予讃線の伊予長浜下灘間が開通している事から昭和10(1935)年以後と推測できます。かつての長浜は新宮(和歌山県)、能代(秋田)と並ぶ木材集積地であり、現在では民家が密集している伊予長浜駅前も当時は大部分が貯木場でした。


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大仏鉄道15

関西本線の加茂~奈良間は明治32(1899)年に開業した当初(当時は関西鉄道、明治40年国有化)は、現ルートの東側の丘陵部を通っていました。旧ルート(通称:大仏線、大仏鉄道)は丘陵部を通っていただけに急勾配が連続していた運行上の支障があったらしく、開業から僅か8年後の明治40(1907)年には、鹿背山トンネルを抜けて木津に出る現ルートに改められました。
ちなみに大仏線以前に関西鉄道として開業していた物件で、当ブログの記事にしているものには大砂川トンネル(明治22年開業、現・草津線)と加太トンネル(明治23年開業、現・関西本線)等の近代土木遺産があります。


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松本01
松本駅に留置されているデビュー前のE353系電車

今日は所用で松本市まで行ってきました。あと8日遅ければ新型「スーパーあずさ」のE353系に乗れていたかもしれないのに残念な事です。


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湊川橋梁01
湊橋
(大正4年頃に撮影された絵葉書より)

湊川河口の付近に架かる旧国道127号の湊橋(千葉県富津市)は、昭和46(1971)年に現在のRC橋に架け替えられるまでは木造橋が架かっていました。木造橋の時代にも何度か架け替えられているらしく、昭和21(1946)年に撮影された空中写真では(旧)湊橋が無い状態で写っています。


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