FC2ブログ
萱町01
南側から見た古町跨線橋
(戦前絵葉書より)

松山電気軌道が伊予鉄の二路線(高浜線と城北線)を跨いでいた古町駅北側の跨線橋は、当時としては珍しい電車同士の立体交差だったので、松山市の繁栄ぶりを示す格好の撮影地として多くの写真が現存しています。
ここで整理しておくと、左の蒸気機関車(坊ちゃん列車)は松電と競合した伊予鉄高浜線で、明治21(1888)年開業、1067mmへの改軌、複線化及び電化されたのは昭和6(1931)年です。
右の電車は道後鉄道(明治28年開業)由来の伊予鉄城北線で、こちらも起終点(古町~道後)が松電と同じであるため競合する要素を孕んでいましたが、ルートが南北に大きく離れていたために共存する余地があり、現在は伊予鉄の城北線、城南線として路面電車の環状線を形成しています。
そして橋上の松電は明治44(1911)年に開業したものの、伊予鉄との競争に敗れた結果、昭和2(1927)年に萱町~江ノ口間(西側の半分)が廃止されました。


萱町02
南側から見た古町跨線橋跡
(平成21年1月24日撮影)

古町跨線橋は前回も紹介したとおり六軒家車庫へ電車を入庫する為に、廃線後も暫くは残されていたという話もありますが、高浜線が複線になった昭和6(1931)年までには複線化用地を確保するために取り壊されているはずです。





萱町03
北側から見た古町跨線橋
(戦前絵葉書より)

少し引いた位置から撮影された絵葉書には、跨線橋の他にも向かって左側(東側)にも小規模なガーダー橋が写り込んでいました。この橋が架かっていた場所は宅地になっているため、いかなる素性の橋なのか分かりませんが、煉瓦遺構が一部現存している宮前川の橋(絵葉書では向かって右側)も同形式の築堤上に架かるガーダー橋だったのではないかと思います。


萱町04
北側から見た古町跨線橋
(戦前絵葉書より)



萱町05
北側から見た古町跨線橋跡
(平成21年1月24日撮影)






萱町09
古町駅周辺地図

旧松山電気軌道の萱町~江ノ口が廃止となった2年後の昭和4(1929)年には、萱町から西に100mほど延伸(地図上の赤点線)して古町駅への乗り入れが開始されたものの、西堀端~古町間は昭和21(1946)年に休止となり、本町線が昭和23(1948)年に本町4丁目まで復活した際も本町~古町間については復活する事なく廃線になりました。


萱町06
昭和4年から同21年まで併用軌道だった平和通り
(古町駅前から本町方面を見る)



萱町07
本町4丁目駅
(平成21年5月30日撮影)

松電の本町駅と現在の伊予鉄・本町4丁目駅は概ね同じ場所です。ただし、本町から札ノ辻までのルートが多少異なっていて、平和通りから現在の国道196号を通り過ぎて、現行ルートの少し東側から南下していました。
ちなみに本町4丁目駅は過去には交換設備を有しており、棒線化された現在は駅前後で不自然なカーブを描いています。


萱町08
本町6丁目駅行き電車

なお、平成30年3月1日から伊予鉄本町線は起終点が道後温泉駅から松山市駅前駅に変更になり、同時に運転間隔が30分から40分に減便になるとの事。まあ、本町線は並行バス路線も多く、廃線も取り沙汰されているぐらいなので減便も仕方ないのかもしれません。
余談ながら私は10数年前に伊予鉄の路面電車は全て松山市駅前を起終点にしていると誤認していて、市駅前で来るはずもない本町線の電車を小一時間も待ってしまった苦い経験があります。

④【札ノ辻~八股】に続きます。

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/999-91a36cbd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック