FC2ブログ
立石隧道01
高松道四車線化事業竣工碑と立石隧道竣工碑

年末にwikiの「立石隧道」の頁をチェックすると、隧道の竣工年が判明した旨の記載がありました。なんでも近隣の民家に保管されていた竣工記念碑が発見され、竣工年が刻まれていたんだとか。再発見された立石隧道の記念碑は、折から4車線化が完成した高松道(旧高松東道路)の竣工記念碑と肩を並べて、高松東ファクトリーパークの一角に建立されています。


立石隧道02
立石隧道竣工碑

別にwikiの記載を疑った訳ではないですが、長年に渡って四国で唯一の竣工年が不明だった隧道だけに、是非とも自分の目で碑を確認したいと思い松山から立川に帰る際に立ち寄ってみる事にしました。碑文には確かに「隧道工事竣工記念 昭和十八年三月吉日 平井町長」 と刻まれており、立石隧道とは明記されてないものの、昭和18(1943)年以前に旧平井町が関連した隧道は立石隧道しかないはずなので、立石隧道の竣工記念碑とみて間違いないでしょう。


立石隧道11

ここで立石隧道と新立石トンネルの関係について整理しておきます。新立石トンネルが通っている県道38号・三木牟礼線は昭和57(1982)年に県道143号・井上平木線が主要地方道に昇格したものですが、井上平木線は三木牟礼線の南半分しかありません。残る北半分は旧立石隧道が該当するものの、こちらは昭和57年の時点で高松市道及び三木町道であった為か、三木牟礼線には指定されず、新立石トンネルが計画線のまま県道指定されていました。その後、平成2(1990)年に新立石トンネルが開通し、ようやく三木牟礼線として全通した訳です(ただし王子~房前間の拡幅が完成したのは90年代後半になってから)。
ちなみに旧井上平木線の終点だった長尾街道(旧県道10号・高松長尾大内線)との交差点には平井町の道路元標が設置されています。


立石隧道04
三木町側旧道分岐

それでは現地の様子を見てみましょう。旧道(三木町道)は新立石トンネルの400mほど手前から分岐していますが、特に目印となるような案内はありません。


立石隧道05
立石隧道 三木側坑口

三木側は分岐点から隧道までの距離が短く約800mほど。入口付近を除くと道中には車を停められるようなスペースはなく、交通量も皆無という訳ではないので、隧道をゆっくり観察したければ三木町側から歩いて行った方が無難かと。


立石隧道06
牛の墓と道祖神地蔵

立石隧道は高松市街地から最寄りの旧隧道という立地が災いして、心霊スポットとしても一定の知名度があるようです。三木町側の坑口前には牛の墓と道祖神地蔵が祀られており、これらも心霊スポットとしての装飾品になってしまっています。


立石隧道07
隧道内部

内部は両坑門だけがコンクリートで巻かれている他は素掘りの状態。竣工年が不明の時点では「坑門は後付けかも」と思っていましたが、昭和18(1943)年製と判明すると全てが年代相応の隧道であると納得です。


立石隧道08
立石隧道 牟礼側坑口

【立石隧道】
昭和18(1943)年3月竣工
延長87m、幅員3.6m、高さ3.2m(制限高3.2m)


立石隧道09
新立石トンネル 三木側坑口

【新立石トンネル】
平成2(1990)年11月竣工
延長376m、幅員6.0m

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/956-851290f1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック