三増峠地図

三増峠(みませとうげ)は神奈川県愛甲郡愛川町と津久井郡津久井町(現相模原市)との境に位置する峠です。古くから愛甲郡と津久井郡、山梨県を結ぶ交通の要衝となっており、戦国時代の永禄12(1569)年には小田原攻めから甲斐への帰途に就く武田軍と峠で待ち伏せる北条軍との間で激戦が行われています(三増峠の戦い)。
現在は峠の直下を県道65号線(相模原大磯線)の三増トンネルが通っていますが、トンネル開通以前の県道は峠の前後で不通区間となっていました。


三増峠1
愛川側旧道分岐 【9:39】

愛川側の旧道は三増トンネルの200mほど手前から分岐しています。一応、車が通れる程度の幅員はありますが、車止めが設置されているので一般車の進入はできません。入口の案内板によると旧道は現在はハイキングコースになっていて峠まで540mの行程とのことで、現在地と峠との高低差は約90mあるので結構急な峠道のようです。


三増峠2
三増トンネル 愛川側坑口
平成4年1月竣工、延長462m、幅9.25m



三増峠3
【9:42】

旧道に入るとすぐに狩猟者の物と思しき車が二台停車していました。あの車止めをどうやって動かしたんだろう?
ちなみに三増峠を探索するに当たって現県道周辺には駐車スペースが全くありませんのでご注意を。


三増峠4
【9:44】

この掘割りが車道としての終点で、以降の旧道は道幅を大きく狭めて階段を交えた完全な登山道となります。


三増峠5
旧道は鬱蒼とした森の中を通るので展望はない 【9:48】



三増峠6
稜線が近い 【9:50】



三増峠7
三増峠(標高319m) 【9:51】

入口から約10分で三増峠へ到着。ここで車道の小倉山林道(一般車通行不可)に突き当たります。
峠への最後の上り坂は非常に急で階段が設置されていました。愛川側は幅、勾配ともに馬車の通行も不可能と思われる箇所が多く、人馬の往来が漸く通れる言った感じでありました。合戦名にも冠されている三増峠ではありますが、峠自体は大規模合戦ができるような余地はなく、主戦場となったのは東名厚木カントリークラブや中央養鶏場辺りの平地だそうです。


三増峠8
三増峠(津久井町側から撮影)

急勾配だった愛川側に対し津久井側は峠と同じ高さに平坦な林道が通っているため、津久井側(林道上)から峠の切通しを見ると愛川側に向かってのみ落ち込む不自然な急斜面になっています。津久井側の旧道は地形図上では点線として描かれていますが、林道開設と共に消えてしまったのか跡形もありませんでした。
峠のバリケードは愛川側からのバイク・自転車の林道への侵入を阻止する為のものであることが告知してありました。いま通ってきた道をバイクで登ってくる人がいたんですな。徒歩通行は差し支えないらしくハイカー向けの根小屋への案内板が建っていました。


三増峠9
小倉山林道から三増峠



三増峠10
小倉山林道

このまま林道を2kmほど歩けば現県道と合流するはずですが、愛川側に車を停めている上に林道は旧県道とは無関係なので、ここで引き返すことにしました。ちなみに小倉山林道は県道からの入口がゲートで閉鎖されているのを確認しています。


三増峠14
三増合戦場の碑

この日(10/17)は偶々、三増合戦場記念碑広場にて「三増合戦まつり」が開催されているらしく、沿道に立ち並ぶに誘われてちょっと寄り道していきました。騎馬武者や鉄砲隊の演舞が見られたり、陣中鍋が無料で振舞われていたりしてなかなか大盛況でした。

三増合戦のあらまし(愛川町教育委員会)

 永禄十二(一五六九)年十月、甲斐(今の山梨県)の武田信玄は、二万の将兵をしたがえて、小田原城の北条氏康らを攻め、その帰り道に三増峠をえらんだ。
 これを察した氏康は、息子の氏照、氏邦、娘の夫の綱成らを初めとする二万の将兵で三増峠で迎え討つことにした。ところが、武田軍の近づくのをみた北条軍は、半原の台地上に移り態勢をととのえようとした。
 信玄は、その間に三増峠のふもと桶尻の高地に自分から進み出て、その左右に有力な将兵を手配りし、家来の小幡信定を津久井の長竹へ行かせて、津久井城にいる北条方の動きを押さえ、また、山県昌景の一隊を韮尾根に置いて、いつでも参戦できるようにした。北条方は、それに方々から攻めかけたのでたちまち激戦となった。そのとき、山県の一隊は志田峠を越え、北条軍の後ろから挟み討ちをかけたので、北条軍は総崩れとなって負けてしまった。この合戦中、武田方の大将浅利信種は、北条軍の鉄砲にうたれて戦死した。
 北条氏康、氏政の親子は、助けの兵を連れて荻野まで駆けつけてきたが、すでに味方が負けてしまったことを知り、空しく帰っていった。
 信玄は、勝ち戦となるや、すぐ兵をまとめ、反畑まで引き揚げ、勝利を祝うとともに、敵味方の戦死者の霊をなぐさめる式をとりおこない、甲府へ引きあげたという。


三増峠12
貸出鎧着用での写真撮影は1回100円



三増峠11
古戦場を赤備えの武者が行進する
向かって左側が志田峠、右側が三増峠



三増峠13

それでは、今宵はここまでに致しとうござりまする。


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コメント
この記事へのコメント
素晴らしい。スバラシイ。
新天地での活躍、楽しみにしていますよ。
2010/10/31(日) 20:47 | URL | マフ巻 #nft/jt/c[ 編集]
ありがとうございます。
こっちは案外寒いので冬季の活動はあまりできないかもしれんですが頑張ります。
2010/10/31(日) 21:55 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
今月13日、ついに地芳道路が開通するそうです。
2010/11/01(月) 10:16 | URL | クマのミチスキ #-[ 編集]
申し遅れました。クマのミチスキといいます。自分の地元の知っている話題もあり楽しく見ております。

関東でも頑張ってくださいね
2010/11/01(月) 12:37 | URL | クマのミチスキ #-[ 編集]
おお復活してる。
2010/11/02(火) 07:05 | URL | 九朗 #-[ 編集]
>クマのミチスキさん
地芳道路ようやく開通ですか。
三坂道路と合わせて帰省時に見に行ってみます。

>九朗さん
これからもよろしく!
2010/11/06(土) 23:57 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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