新月橋01
二代目・新月橋
(開通紀念絵葉書より)

高知市内の鏡川に架かる新月橋(しんづきはし)は明治32(1899)年に最初の橋(木橋)が架けられました。大正末期には府縣道仁西高知線(県道37号・高知春野線の前身)の一部に編入にされた為、92間(167.2m)の取付道路と共に改修工事が行われ、昭和4(1929)年に二代目となる永久橋が完成しています。

【新月橋】
昭和4(1929)年竣工
全長78間(141.8m)、幅員3間(5.4m)
RC桁橋
平成元(1989)年廃止
工費67,626円


新月橋02
三代目・新月橋
(平成29年5月5日撮影)

そして二代目の新月橋も築60年後が経過した平成元(1989)年には、老朽化や幅員不足等の原因により架け替えられる事になりました。一見すると奇抜にも見える三代目の新月橋は、高知県出身の漫画家・はらたいら氏(平成18年没)のアイデアを基に、新月の円環と公園をイメージしてデザインされたという事です。私が単に懐古主義なだけかもしれないけど、この手のバブル全盛期に造られた過剰装飾気味な道路構造物は好きになれないな。もちろん地域住民に親しまれているのなら、余所者がどうこう言う筋合いではありませんが…。





新月橋03
三代目・新月橋
(奥が高知市街方面)



新月橋04
上流側から見た二代目・新月橋
(開通記念絵葉書より)





新月橋05
高知県道37号の経路

なお、大正末期に新月橋が所属していた府縣道仁西高知線は、仁西村が昭和31(1956)年に合併によって春野村となった事から、路線名が高知春野線(高知県道37号)に変更になったものの、起終点及び経路は大正時代に設定されたまま現存しています。
しかしながら大正時代と比べると国道56号、高知桂浜道路や海岸の黒潮ライン(県道23号→県道14号)の整備が著しく、旧仁西地区における高知春野線の利用価値は相対的に大きく低下した為、春野町西分以南(種間越)では主要地方道でありながら高知県道の中でも屈指の悪路のまま放置されている状態です。ちなみに5年前に種間越を車で通り抜けてみようと試みましたが、入口から荒廃していたので早々に退散してしまいました。


新月橋06
春野町仁ノ地区の県道37号
(奥が高知方面)


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