新高橋01
新高橋
(戦前絵葉書より)

愛媛県新居浜市を流れる国領川の最下流に架かっている新高橋は大正14(1925)年7月に完成。新居浜町(当時)と旧高津村を結ぶ橋という事で「新高橋」名付けられました。

【新高橋】
大正14(1925)年竣工
全長168間(305.4m)、幅員14尺(4.2m)
昭和33(1958)年廃止
工費42,000円


新高橋02
現在の新高橋
(平成29年5月4日撮影)

戦後になると新居浜市の発展と共に新高橋の交通量は増加し、橋上での離合に支障が生じてきた為、昭和33(1958)年に幅員8.5mの二代目橋に架け替えられます。この頃には既に新居浜町と高津村は合併して新居浜市になっていました。昭和40(1965)年には国道11号を補完する県道13号・壬生川新居浜野田線の一部になった事から交通量はさらに激増し、平成6(1994)年に現在の橋(三代目)への架け替えが完了しています。
なお、平成12(2000)年頃に県道13号としての指定は上流側の平形橋(昭和33年架設・平成19年架替)に移ったため、以後の新高橋は新居浜市道の一部の扱いです。





新高橋03
新高橋側面
(戦前絵葉書より)



新高橋04
現在の新高橋
(平成29年5月4日撮影)



新高橋06
新高橋工桁架渡作業
(戦前絵葉書より)



新高橋07
新高橋橋脚
(戦前絵葉書より)





新高橋05
小新高橋橋脚杭打込作業
(戦前絵葉書より)

新高橋の開通記念絵葉書の中には1枚だけ「小新高橋」と記載されたものが混ざっています。当所は単なる誤記だと考えていましたが、当時の地形図を見ると新高橋の西側に小規模な橋の記号が描かれているので、この橋が小新高橋ではなかったかと思われます。この橋が架かっていた位置には橋どころか川自体が現存していないため、真偽の程を確認する事はできませんけど。





新高橋08
共栄橋

最後に新高橋の西側、元塚交差点の傍に架かる共栄橋、共存橋についても触れておきましょう。この二つの橋は当時の別子銅山の最高責任者だった鷲尾勘解治の発案による都市計画道路・昭和通り(旧県道13号)の一部として完成。橋名は銅山を経営する住友グループと新居浜が共存共栄する事を願った鷲尾が命名したものなんだそうです。
共栄橋は昭和53(1978)年、共存橋は平成9(1997)年にそれぞれ架け替えられましたが、旧橋の親柱は市内の広瀬公園の一角で大切に保存されています。


新高橋09
昭和6年頃に撮影された共栄橋
(現地の案内板より)



新高橋12
共栄橋の親柱





新高橋10
共存橋



新高橋13
共存橋の親柱





新高橋14
昭和通り開通以前の新高橋
(昭和7年発行「新居浜」(1:50000地形図)より)



新高橋15
現在の新高橋周辺地図


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