大栃駅01
大栃駅に停車中のアンパンマンバス

国鉄全盛の時代には鉄道を補完する意味合いで全国各地に数多のバス路線が開設されていました。
wikiによりますと、国鉄バスは「①鉄道予定線の先行」、「②鉄道線の代行」、「③鉄道線の培養」、「④鉄道線の短絡」を大義名分としており、大栃線「①鉄道予定線の先行」、すなわち国鉄・蕨野線(大正11年制定)の先行路線として昭和10(1935)年に土佐山田から蕨野を飛び越えて大栃までが開業しています。大栃線は沿線の旅客需要の他に、龍河洞やアンパンマンミュージアムという観光資源にも助けられ、数多くの旧国鉄バス路線が廃止された現在でも松山高知急行線(松山~落出)と並んで路線を維持できた稀有な路線と言えるでしょう。


大栃駅09
観光用のアンパンマンバス
(大栃線とは無関係)



大栃駅02
昭和5(1930)年頃の土讃線地図

昭和初期のある時期までは蕨野線は当時は未開通だった土讃線と肩を並べる建設予定線でしたが、結果として蕨野線は着工されないままに終わりました。仮に蕨野線(あるいは大栃線)が全通していたとしても沿線人口から察するに平成の世まで存続する事は厳しかったでしょう。


大栃駅03

蕨野線の終着駅が予定されていたのは旧香北町の町外れ。蕨野~大栃間には昭和31(1956)年に永瀬ダムが建設され、国鉄バスが通っていた物部川沿いの旧国道(現在の県道220号・蕨野大比線の一部)も臼杵隧道~大比隧道~大栃橋を通る山越えルートに付替えられています。ちなみに20年ほど前に下流側から県道220号を遡った事がありますが、永瀬ダムより上流は一応車で通り抜けられたものの、極めて道幅の狭い悪路(地形図上は点線表記)でした。


大栃駅04
蕨野線の終着駅が予定されていた香北町蕨野
(国道195号と永野ダムへの旧道(県道220号)が分岐点)



大栃駅05
永瀬ダムへの白看板
(高知側より)



大栃駅06
永瀬ダムへの白看板
(徳島側より)



大栃駅07
国道195号沿いの美良布駅

国鉄バス路線のバス停の中でも主要なバス停は鉄道と同様に駅と称されているのが特徴で、大栃線の中では終点の大栃駅と旧香北町の中心部に位置している美良布が駅に指定されていました。両駅には現在も鉄道駅に引けを取らない立派な駅舎が設けられています。


大栃駅08
香北町橋川野付近を通過するアンパンマンバス

大栃線を語るうえで、忘れてはならないのが物部川バス転落事故。国道195号も殆ど未改修だった昭和25(1950)年、21歳の運転手が運転する大栃行きの国鉄バスが、橋川野付近を通過中に64m直下の物部川に転落し、33名もの乗客が死亡するという大惨事が発生しました。立派な二車線道路に改修され、アンパンマンバスが行き交うようになった現在の国道195号では、二度とこのような事故が起こらない事を祈るばかりです。


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