琵琶湖疏水01
山科区の琵琶湖疏水

琵琶湖疏水は琵琶湖の湖水を京都市内に引き込み、水道、農業、工業、発電、舟運等、様々な用途に活用する為に建設された水路で、明治23(1890)年に大津市の三保ヶ崎から山科、蹴上を経て鴨川との合流地点まで開通しています。
この間には建設当初は1~3号の3つの隧道があり、いずれも近代土木遺産に指定されている事から、京都出張に行った際に範囲を山科区内に絞って見に行って来ました。
まずは山科駅から諸羽トンネルの吐口に移動して、ここから疏水沿いの遊歩道を3号トンネル呑口まで歩く計画です。


琵琶湖疏水02
諸羽トンネル吐口

私は地図を見て山科駅北側にあるトンネル記号が1号トンネルだと思い込んでいたのですが、現地に行ってみるとそこには味も素っ気もないコンクリート坑門が口を開けていました。さては坑門が改修されてしまったのかと思いきや、このトンネルは湖西線建設によって琵琶湖疏水の一部経路を変更する必要が生じたため、新規に掘削された諸羽トンネル(昭和45年完成、L=522m)だったというオチでした。本当の1号トンネル吐口は約1.2km東側の大津市茶戸町にあります。


琵琶湖疏水03
安祥川疏水橋

洛東高校と安朱小学校の付近では琵琶湖疏水の下を安祥川が潜っています。琵琶湖疏水は川ではなく人工的な水路なのですが、一見すると川同士が立体交差しているかのような不思議な光景でした。なお、安祥川に架かっている琵琶湖疏水の橋(安祥川疏水橋)は煉瓦アーチ橋だったらしいのですが、近代土木遺産等の指定は受けていない事からノーマークで、迂闊にも現地ではスルーしてしまいました。


琵琶湖疏水04
第七号橋

琵琶湖疏水にはトンネルの他に、疏水上に架かっている橋の中にも近代土木遺産に指定されているものがあります。その内の一つが第七号橋(旧・鹿ヶ谷御殿前橋)。正直言って特に貴重な橋にも見えませんがメラン式のRC桁橋という事で近代土木遺産Cランクを獲得しています。

【第七号橋】
竣工年不明
延長-m
RC桁橋(メラン式)
近代土木遺産Cランク





琵琶湖疏水05
山ノ谷橋と第二隧道

いよいよ第二隧道の呑口が見えてくると、同時に端正な姿をしたアーチ橋も視界に入ってきました。RCアーチ橋としては国内最古級、明治37(1903)年に永興寺参道の参道として架設された山ノ谷橋(旧・大岩橋)です。

【山ノ谷橋】
明治37(1903)年竣工
延長-m
RC充腹アーチ(メラン式)
近代土木遺産Aランク


琵琶湖疏水06
第二隧道呑口

琵琶湖疏水のトンネルの長さは第一隧道が2,436m、第三隧道も850mあり、いずれも山を貫く長大トンネルですが、尾根の突端部をかすめるだけの第二隧道は124mしかありません。しかしながら坑門の美しさは他の二つの隧道と比べて何ら劣る所はなく、両坑門には明治の元勲である井上馨と西郷従道の揮毫による扁額が揚げられています。

【琵琶湖第一疏水 第二隧道】
明治20(1887)年竣工
昭和49(1974)年改修
延長124m
近代土木遺産Aランク


琵琶湖疏水07
井上馨による扁額
「仁以山悦智為水歓」



琵琶湖疏水08
第二隧道吐口

長さが短い第二隧道は丘の上の住宅街に出る事によって簡単に迂回する事ができました。呑口の坑門が石造りであったのに対し、吐口の坑門は煉瓦造りでした。


琵琶湖疏水09
西郷従道による扁額
「隋山到水源」

現地の案内板によると「仁以山悦智為水歓」 とは「仁者は動かない山によろこび、智者は流れゆく水によろこぶ」「隋山到水源」「山に沿って行くと水源にたどりつく」 という意味なんだそうです。





琵琶湖疏水10
日ノ岡第十一号橋と第三隧道

第二隧道から短い明かり区間(約250m)を過ぎると第三隧道に至ります。呑口前には日本最古の鉄筋コンクリート橋と言われる第十一号橋が架かっていました。現地には「日本最初の鉄筋コンクリート橋」の碑が建っており、この碑が無ければ私はこの簡素な橋がかように貴重な橋であるとは見抜けなかっただろうな。


琵琶湖疏水11
日ノ岡第十一号橋

【日ノ岡第十一号橋】
明治36(1903)年竣工
延長-m
RC桁橋(メラン式)
近代土木遺産Bランク


琵琶湖疏水12
第三隧道呑口

第三隧道の延長は850mもある事から、吐口の蹴上まで迂回するには時間が足りません。よって今回の探索は当初の予定通りここで終了となります。第三隧道を抜けた先の蹴上にはインクラインや発電所跡の土木遺産が残っているらしいので、いずれ機会を作って訪問しなければならないと思っています。

【琵琶湖第一疏水 第三隧道(呑口)】
明治23(1890)年竣工
延長850m
近代土木遺産Aランク


琵琶湖疏水13
第三隧道呑口の扁額

第三隧道の呑口には揚げられた扁額の碑文は松方正義の揮毫による「過雨看松色」。これは「時雨が過ぎると、いちだんと鮮やかな松の緑をみることができる」 という意味らしいです(案内板より)。


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