高崎線01
あら町交差点から高崎駅を見る
(戦前絵葉書より)

かつての群馬県内では渋川市を中心にして高崎、前橋、沼田、中之条、伊香保方面への路面電車が運行されていました。このうち高崎駅と渋川を結んでいた路線は明治26(1893)年に馬車鉄道として開業し、明治43(1910)年には電車での運行に置き換えられ、昭和2(1927)年には前橋線、伊香保線と共に東武鉄道の路線となっています。しかしながら戦後になると増え続ける自動車交通の障害になっているということで、沿線自治体の要望によって路線バスに取って代わられる形で廃線になりました。


高崎線02
あら町交差点から高崎駅を見る
(平成24年9月29日撮影)

高崎駅前を発車した電車は、新町交番前電停(現・あら町交差点)、本町三丁目電停(現・本町三丁目交差点)、本町一丁目電停(現・本町一丁目交差点)で小刻みに直角カーブで進路を変えて、三国街道(県道25号・高崎渋川線)に出た後は渋川に向けて真っ直ぐ北上していました。wikiによりますとあら町(上の絵葉書)と本町三丁目の交差点に敷かれていた軌道は、いずれも半径12mの急カーブだったとの事です。
ちなみに群馬県道31号・高崎停車場線の総延長は、高崎駅前を起点としてあら町交差点を終点とする僅か300m。この写真の中に県道31号の全区間が納まっています。





高崎線03
北高崎駅付近の跨線橋
(戦前絵葉書より)

高崎線は殆ど全区間が道路上に敷設された併用軌道でしたが、国鉄・信越本線(北高崎駅付近)を跨ぐ跨線橋と跨線橋への取付部分だけ道路を離れて専用軌道になっていました。この跨線橋は現在では跡形もなく撤去されていますが、取付部分は市道に転用された事が現行の地図からもはっきりと確認できます。前述のwikiによりますと跨線橋への取付築堤は地元住民から「電車山」と呼ばれていたそうです。


高崎線04
北高崎駅付近の跨線橋跡
(平成24年9月29日撮影)



高崎線09
(高崎名所) 高崎高架電車



高崎線05
北高崎駅付近
(昭和23年撮影の空中写真と現行地図)






高崎線06
旧・野良犬村の三国街道
(清野町バス停付近)

全長約20kmの高崎線の中には「野良犬電停」(高崎起点12.5km)という一風変わった名前の電停がありました。これは過去に当地に存在していた群馬郡野良犬村(現・前橋市清野町)から付けられたもので、周辺に狼が多く住んでいた事に由来しているんだとか。野良犬村は明治22(1889)年に隣接する青梨子村、上青梨子村、池端村と合併して清里村となり、昭和30(1955)年に前橋市の一部となっています。この時、他の3村は旧村名が前橋市内の町名となりましたが、野良犬村だけは地名として使用するには抵抗があったのか「里村良犬」を縮めて「前橋市清野町」となりました。


高崎線07
新町五差路交差点

前述のとおり、かつての渋川市新町は5方向に向けて路面電車が発着する一大ターミナル駅でした。その事について現地には特に記念物や案内板もなく、電車の名残を感じさせてくれるような物は何一つありません(平成24年9月現在)。


高崎線08
渋川を起終点としていた軌道5路線



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