京橋1
京橋 【近代土木遺産Aランク】

岡山城下の旭川に架かる京橋は文禄元(1593)年に当時の岡山城主だった宇喜多秀家によって現在位置に架橋されました。以後、京橋は山陽道の一部となり、また橋の傍の京橋港が岡山の海の玄関口であった事から、京橋界隈は江戸時代を通じて岡山の中心地として大いに栄えました。
現・京橋(L=131.2m)は大正6(1917)年に完成、大正12年には路面電車(岡山電気軌道)を通す為に鋼製円柱を1列分増設し幅14.9mに拡幅して現在の形になっています。
戦後、昭和30年代に旭川下流の福島地区の港湾整備が進んだ事により京橋港は港としての役割を終え、昭和38(1963)年には約200m下流に新京橋(旧国道2号線・現国道250号線)が開通し、京橋は幹線を外れ県道28号線(岡山牛窓線)となりました。

地図


京橋2
京橋(奥が東山電停方面)



京橋3
昭和初期頃の京橋

上の写真と見比べると、橋上の欄干や照明器具は殆ど原型を留めていない事がわかります。


京橋4
親柱と岡山市道路元標

京橋西詰、京橋交差点には旧道路法による岡山市道路元標と、明治40(1907)年建立の岡山県里程元標のレプリカが建っていました。当時はここが岡山市の陸上交通の要と見なされていた証拠物件です。


京橋5
岡山県里程元標

西面:真金へ弐里弐拾弐町弐拾弐間 (岡山市北区吉備津へ約10.3km)
東面:藤井へ弐里壱町五拾八間壱尺 (岡山市東区藤井へ約8.1km)

岡山県里程元標説明

岡山県里程元標は岡山県の里程起点を標示するもので明治九年京橋西詰に設置されその後幾度か立て替えられているがこの岡山県里程元標は明治四十年に立て替えられてから大正四年京橋が付替え工事の頃まで設置されていた当時の陸上交通に大きな役割を果たした貴重な歴史的資料であり今回同元標の設置場所に近い現位置に復元したものである。
なお派出所前の現在の道路元標は旧道路法により大正九年に立てられたものである。



京橋6
小橋駅

京橋の東側、旧道上の小橋駅(と隣の中納言駅)は道路幅が狭く複線軌道に安全地帯の設置が出来ない為、最近では珍しくなった路面にペイントしただけのノーガード電停です。数年前には枠内で電車待ちをしていた学生集団が車に轢かれる事故が起こりました。この事故を受けて安全地帯を設置しようという動きがあったそうですが、諸問題から実現せず現在も開業時と変わらぬ佇まいを残しています。


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/80-66bddb22
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック