三坂峠23
【A地点】 三坂峠の大ヘアピンを登坂する国鉄バス
(昭和40年代の絵葉書より)

国鉄バス「松山高知急行線」は四国では初となる省営自動車の「予土線」(現在のJR予土線とは無関係)として昭和9(1934)年に松山~久万間が開業しています(昭和26年に高知まで延伸開業)。省線・予土線(松山高知急行線)は開業以来長らく松山~高知間の最短経路である国道33号線を経由していましたが、四国の高速道路網の整備が進んだ2000年代からは松山道→高知道のコースが主流となり、かつては多くの交通で賑わった国道33号線の予土国境は路線バス空白地帯になる程に衰退してしまいました。
三坂峠

松山と高知を結ぶ最短コース松山高知線の三坂峠から眼下に松山市内、瀬戸内海が一望できます。「なんごく号」は松山高知間3時間30分、7時30分、8時(この間1時間ごと発車)18時、18時30分発車座席指定制(みどりの窓口で)、リクライニングシート、冷暖房車。



三坂峠24
【A地点】 三坂峠の大ヘアピン
(平成28年11月14日撮影)

松山~高知間の主要交通が高速道路に移った後も、三坂峠は高速道路の通行料金を嫌うドライバーや、松山~久万間の県内主要交通路として一定の需要が残っていました。しかしながら平成24(2012)年に三坂道路が開通すると旧道の通行量はほぼ無くなってしまい、そんな状態でも松山高知急行線の後身である松山落出線のバスだけは細々と三坂峠の旧道を通っています。なお、上記の絵葉書と同位置【B地点】からの写真撮影を試みたものの、生い茂る植生に遮られて叶いませんでした。





三坂峠25
【B地点】 天狗鼻に続く旧国道

戦前からの長い歴史を誇る松山高知急行線には大きな転機がありました。昭和42(1967)年に完成した国道33号の一時改築です。これにより三坂峠の国道33号は二車線の舗装路に生まれ変わり、松山高知急行線の利便性も飛躍的に高まりました。
国道33号の一時改築は橋梁の架け換えを除けば大部分が現道の拡幅だった為、松山~高知間の全線を通して大規模な旧道が生じる事はありませんでしたが、三坂峠の大ヘアピンから天狗鼻にかけては例外的に約1.5kmに及ぶ規模の大きな旧道が現存しています。


三坂峠26
【B地点】から見た大ヘアピン

これまで天狗鼻から下ってきた旧道は大ヘアピンの外側が終点だとばかり思ってましたが、九朗さんの調べにより大ヘアピンの内側にも小ヘアピンとでも言うべき旧道が隠れていた事が判明。そう言われてみると植樹によって盛土がされてはいるものの、旧道の跡地が地形の僅かな段差として地表に現れている事に気付きました。九朗さんのサイトには小ヘアピンが健在だった頃の写真が紹介されているけど、私が記憶している限りでは昭和60年代には、この旧道はすっかり薮化して廃道と化していたはずです。


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大ヘアピン周辺地図
(青線が旧道、点線部分は原形を留めていない)



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【C地点】 大ヘアピン内側の旧国道跡



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【A地点】 大ヘアピンから見た小ヘアピン跡



三坂峠30
空中写真で見る大ヘアピンと小ヘアピン
(昭和50年撮影)



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