肱川橋15
肱川橋北交差点から見た肱川橋
(平成28年11月12日撮影)

先日、架替工事が始まった肱川橋の旧橋(大正2年架設)について記事にしたばかりですが、思いのほか早くに帰省する事ができたので、仮設橋の開通によって残すところは撤去を待つばかりとなった現橋(昭和36年架設)についても比較写真で紹介しておきましょう。


肱川橋14
肱川橋北交差点から見た肱川橋
(平成20年3月13日撮影)

肱川橋の架け換えが公に公表されたのは4~5年前(平成23年頃)の事。肱川橋には両岸共に橋詰まで建物が密集していた為、どのようにして仮設橋を架設するのか気になってましたが、仮設橋の取付に干渉した建物は全て撤去されています。また、国道56号と国道197号・県道43号が交差している肱川橋北交差点は、工事期間中は暫定的に2つの丁字交差点に分離して運用していました。





肱川橋17
肱川橋北詰
(平成28年11月12日撮影)

平成28(2016)年10月25日から仮橋に交通が移行され、一見すると通行止になっているかのように見えた現道も、当面は下流側の一部が歩道として利用されています。


肱川橋16
肱川橋北詰
(平成23年10月10日撮影)






肱川橋18
肱川橋の橋上
(平成28年11月12日撮影)

橋の中央付近の路面に大書された「北」、「南」の文字は現橋との、お別れイベント「肱川橋は大騒ぎ!! ~ありがとう4代目~」で実施された大綱引きの名残です。歩道部分にはイベントの際に近隣住民によって、書かれた現橋への感謝のメッセージが所狭しと列記されていました。


肱川橋19

歩道に書かれたメッセージには「103年ありがとう」という文言が目立ちます。これは当局が「大正2(103)年に開通した肱川橋103年の歴史」というアピールしているからだと思われますが、実際には前述のとおり肱川橋は昭和36(1961)年に架け替えられているので「55年」が正しいはずです。まあ、現橋のコンクリート橋脚の内部には、旧橋の煉瓦橋脚が基礎として残されているという話なので、これが事実だとすれば103年でも完全に間違いとは言えないけど…。




肱川橋20
肱川橋南詰から宇和島方面を見る
(平成20年3月13日撮影)

以前の記事でも紹介したとおり、昭和43(1968)年に大洲隧道(国道56号)が開通するまでは、肱川橋南の片原町交差点は国道56号(宇和島方面)と国道197号(八幡浜方面)が分岐する丁字路でした。


肱川橋21
肱川橋南詰から宇和島方面を見る
(平成28年11月12日撮影)






肱川橋22
肱川橋南詰
(平成28年11月12日撮影)



肱川橋23
肱川橋の仮設橋

5代目とされる新たな肱川橋は平成32(2020)年頃に開通する予定。この間の4~5年は使用される事になる仮設橋は、歴代の肱川橋といしてはカウントされないでしょうけど、私の中ではしっかりと記録に残しておきたいと思います。





肱川橋25
大洲城址から見た肱川橋

最後に今年も大洲城址から肱川橋とJRの肱川橋梁を見ておきましょう。近年、河川改修が著しい肱川だけに肱川橋梁も架け替えられないとも限らないですからね。


肱川橋26
大洲城址から見た肱川橋梁

【肱川橋梁】
昭和13(1938)年開業
プレートガーダー橋
延長270m


肱川橋24
大洲城址と肱川橋、肱川橋梁
(昭和30年頃)



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