銚子電鉄01
銚子電鉄周辺地図

銚子電鉄の歴史は大正2年(1913)に銚子遊覧鉄道が総武本線・銚子駅から犬吠駅間の5.9kmを開業させた事に始まります。この銚子遊覧鉄道は開業以来赤字続きであった為、4年後の大正6(1917)年には廃止されてしまい廃線跡は当時としては珍しくバス専用道に転用されたそうです。
しかしながら僅か5年後の大正12(1923)年には銚子遊覧鉄道の発起人たちが再び銚子鉄道という鉄道会社を立ち上げ、銚子遊覧鉄道の廃線跡を使用して漁港がある外川まで延伸し鉄道として復活させました。こうして立ち上げから約10年の間に目まぐるしく開業と廃線を経験した銚子の鉄道ですが、その後は銚子電鉄と名称を変更し現在に至るまで営業を続けています。
とは言え、大正時代に一度は廃線を経験した観光鉄道を引き継いでいるだけに営業成績は芳しくなく、近年でも経営危機による存廃問題がたびたび取り沙汰され、平成25(2013)年2月になると「東日本大震災の影響で観光客激減し自主再建を断念」という報道を見掛けた為、廃線になりそうな鉄道という事で同年3月16日に様子を見に行ってきました。
なお、この時の廃線危機は最終的に10年間に渡って公的資金が投入される事が決定し、当面(平成35年まで?)は存続できる見込みとなっています。






銚子電鉄02
銚子駅

銚子駅はJR総武本線と銚子電鉄の共同使用駅。銚子電鉄の乗場は2、3番線ホームの片隅に設けられています。
かつての総武本線は当駅からさらに北西方向に線路が伸びていて、現在の中央みどり公園の位置にあった新生駅(貨物駅、昭和53年廃止)が終点になっていました。銚子駅~新生駅間は僅か0.8kmの距離なので歩いてみたものの、鉄道時代の遺構は何も残っていませんでした。





銚子電鉄23
仲ノ町駅舎
フォトライブラリーより)

当初の予定では特に全駅を回る計画ではなかったのですが、帰宅後に仲ノ町駅以外の駅は全て訪問していた事実が判明。記事にするのに仲ノ町だけ写真がないというのも変なのでフォトライブラリーから拝借しときました。銚子駅から0.5kmしか離れてない為、何となく軽視してしまったけど仲ノ町駅には銚子電鉄の本社や車庫もある実質的な拠点駅だったのでした。ググってみると当駅の駅舎は銚子遊覧鉄道時代からの物らしいです。





銚子電鉄03
観音駅舎

仲ノ町駅とは打って変わって観音駅の洒落た駅舎はスイスをイメージしているそうです(ふ~ん)。
観音駅と犬吠駅の駅舎は銚子電鉄の経営権が内野屋工務店に握られていた90年代に、同社の社長が自社(内野屋工務店)に発注して建て替えられた物だと言われています。この社長(元千葉県議)は後に業務上横領の疑いで逮捕されており、このような者を社長に戴いたという点で近年における銚子電鉄の経営悪化は自業自得と言えるでしょう。
駅名は近接する飯沼観音(銚子観音)に由来しています。





銚子電鉄04
本銚子駅

「ほんちょうし」かと思いきや「もとちょうし」と読むのが正解の本銚子駅。この駅名を「本調子」とかけて平成16(2004)年から受験生を相手に「合格祈願切符」を販売しているそうです(オンラインショップの他、仲ノ町駅、犬吠駅でも販売しているとの事)。そういや我が地元の愛媛にも「ごうかくきっぷ」という物があったな。





銚子電鉄05
笠上黒生駅での交換風景

銚子電鉄の中では唯一の交換可能駅である笠上黒生駅は、銚子駅から2.7km、外川駅から3.7kmの距離で、全体的に見るとやや銚子寄りに位置しています。平成25(2013)年11月のダイヤ改正によって銚子電鉄の運行本数が1日33往復から21往復に大幅減便された為、以後は当駅での列車交換は朝夕の時間帯以外は行われなくなりました。


銚子電鉄06
笠上黒生駅を発車した2000形電車

この電車(デハ2002-クハ2502)どこかで見たような気がしたので、帰宅後に調べてみると何と伊予鉄からやってきた事が判明。しかも私が関東に引越してきた平成22(2010)年の7月から運行を開始したそうです。それにしても松山に住んでた頃の通勤列車に1,000kmも離れた銚子で再開できるとは思いませんでした。ただし、それは私の勝手な思い込みに過ぎなかったようで伊予鉄から銚子電鉄への車両譲渡は結構行われているみたいです。


銚子電鉄07
衣山駅に入線する伊予鉄道800系電車
(平成19年10月8日撮影)

そこで伊予鉄時代の写真がないかとデジカメフォルダを探してみると遂に発見。伊予鉄のクハ853が銚子電鉄のクハ2502に改造されているので同じ車両に間違いありません。当時、自慢のカメラ付ケータイ「W53CA」を買ったばかりだったので、電車を見掛けると意味もなく撮影していたのが幸いしました。


銚子電鉄08
デハ800形電車

笠上黒生駅には鉄道図鑑で見た次女が楽しみにしていたデハ800形が廃車になって保存(放置?)されていました。最終運転は訪問日から2年半前の平成22(2010)年9月という事です。それにしては塗装が随分と草臥れているような気がするけど?。このデハ800形も元は伊予鉄の所有で昭和60(1985)年に銚子電鉄に譲渡されています。


銚子電鉄09
図鑑の中のデハ800形電車





銚子電鉄11
西海鹿島駅

西海鹿島駅は銚子電鉄の駅では最も新しく、地元の要望によって昭和45(1970)年に開業しました。その為か笠上黒生~西海鹿島~海鹿島にかけては銚子電鉄の中でも特に駅間が短い区間です。


銚子電鉄12
西海鹿島駅前の踏切
(周辺にはキャベツ畑が広がっている)



銚子電鉄10
西海鹿島駅付近の踏切警報機

ここで踏切警報機が錆で朽ちかけている事に気付きました。過去には踏切が誤作動を起こす事もあったらしく、このような状況でありながら更新がままならないほど銚子電鉄の経営難は深刻なのでしょう。





銚子電鉄13
海鹿島駅

特に語る事も見つからない海鹿島駅ですが「関東最東端の駅」に位置しており、近年その旨を示した碑が建立されました。なるほど地図を見てみると西海鹿島駅、君ヶ浜駅、犬吠駅より僅かに東へ突出している立地が確認できます。


銚子電鉄14
海鹿島駅舎





銚子電鉄15
君ヶ浜駅

ソテツの樹が南国風な雰囲気を演出してくれる君ヶ浜駅は君ヶ浜海岸への最寄駅。かつては夏場には多くの海水浴客で賑わっていたという話ですが…。


銚子電鉄16
君ヶ浜駅舎

君ヶ浜駅の駅舎があった場所には如何なる趣向か理解しかねる謎のピラー4本が建ち並んでいました。当初はこの謎のピラーについては宗教的な意味合いまで色々と勘繰ってしまったものの、ググってみると単に駅入口にあったアーチ状構造物を撤去した成れの果てと判明しました(wiki)。この意味不明のアーチ構造物も例の逮捕された元議員が社長を勤めていた90年代に建造されたものです(平成19年撤去)。こういう物件を見ていると今日の銚子電鉄の危機は起こるべくして起こったんだろうなとつくづく感じさせてくれます。





銚子電鉄17
犬吠駅

銚子遊覧鉄道時代は終着駅だった犬吠駅。ただし当時の駅は現在よりも約300m外川寄りにありました。現在の駅は昭和10(1935)年に燈台前駅として開業したものです(旧犬吠駅は昭和16年廃止)。


銚子電鉄18
犬吠駅に差し掛かる2000形電車



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犬吠駅舎

犬吠駅は犬吠埼の観光拠点として位置づけられていることから駅前広場は他の駅と比べると広めに取られていて、駅舎内の売店には濡れ煎餅や本調子切符といった銚子電鉄グッズも一通り揃っていました。年末年始には初日の出参拝客の為に当駅止まりの終夜運転も実施されています。





銚子電鉄20
外川駅構内

外川駅は銚子電鉄が廃線から復活して以来の終着駅で今年(平成28年)で開業から93年目を迎えました。レトロな駅舎は開業当時のものと言われており、観音駅、犬吠駅の建て替えられた駅との対比するとギャップを感じさせられます(仲ノ町駅や本銚子駅も同様)。観光鉄道としての活路を模索し続けている銚子電鉄の終着駅だけあってレトロな駅舎内には観光客に向けたパンフ類が色々と整備されていました。


銚子電鉄21
外川駅舎



銚子電鉄22
外川駅舎内



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