白川橋01
白川橋と白川橋梁
(奥が高知側)

小歩危峡(吉野川)の北端部に注ぐ白川谷川には、国道32号線の白川橋と土讃線の白川橋梁が並んで架かっています。
白川橋梁を含む三縄駅~豊永駅間は南北から伸びてきた土讃線では最後の開業区間であり昭和10(1935)年に開業しました。しかしながら後に土惨線と呼ばれる事になる土讃線では、全通後にも土砂災害が頻発する箇所のルート変更が必要となり、昭和25(1950)年には早くも山城谷トンネルが新設され、これに合わせて白川橋梁も架け替えられました(架橋位置は変わらず)。つまり、初代の白川橋梁は僅か15年で使命を終えて撤去されてしまった訳です。

【白川橋梁】
昭和25(1950)年架換
上路ワーレントラス(L=46.8m)+ プレートガーダー


白川橋07
白川橋梁から見た白川橋と小歩危峡
おおぼけトロッコより撮影)



白川橋02
旧国道と県道271号線

国道32号線の白川橋(L=70m)は同国道の一時改築による昭和42(1967)年の開通です。(旧)白川橋は土讃線の白川橋梁を潜った白川谷川の上流側に現存しています。(新)白川橋の北詰からは県道271号線(栗山殿野線)が分岐しており、一見すると県道を旧国道と誤認しやすい立地ですが、実際には生コン工場に向けて下って行く私道のような道が旧道の道筋でした。


白川橋03
(旧)白川橋

生コン工場の敷地内のような立地で現存している(旧)白川橋。JSCEの橋梁史年表によりますと、竣工年は旧道落ちから17年前の昭和25(1950)年。当橋が架けられる以前の白川橋は木橋だったという事です。

【(旧)白川橋】
昭和25(1950)年竣工
延長29.8m
下路ポニートラス橋


白川橋04
(旧)白川橋を高知側から撮影

(旧)白川橋には橋梁銘板はおろか親柱さえも殆ど現存していない為、現地で当橋について得られる情報は何もありません。右岸側(高知側)に損傷の著しい親柱の残骸が僅かに一基だけ残っていました。

地図


白川橋05
右岸側に残っている親柱
(戦後のものとは思えない凝った造りをしている)



白川橋06
白川橋と白川橋梁
(奥が高松側)

高知側も高松側と同様に(新)白川橋の袂で新旧道が分岐合流しています。現橋の長さの分だけの気軽に楽しめる旧橋探索でした。

【(新)白川橋】
昭和42年3月25日開通
延長70m
上路プレートガーダー橋


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