歩危観橋01
歩危観橋跡

吉野川沿いの国道32号線を走行していると所々で廃吊橋の主塔を見掛けます。その中でも特に規模が大きくて目立つ存在なのが大歩危の歩危観(ぼけみはし)橋跡です。この橋は昭和10(1935)年11月に開業する阿波赤野駅(現・大歩危駅)と対岸の国道32号線を繋ぐ為に昭和9(1934)年7月に架設されました。小歩危以南の土讃線と国道32号線は吉野川を挟んだ対岸を通っているので、駅の開業時には吉野川への架橋が必須となった訳です。
開通後の歩危観橋は県道・剣山公園上名線に指定され、大歩危駅へのアクセスのみならず剣山、奥祖谷への観光道路としても機能しましたが、昭和49(1974)年に祖谷渓有料道路(平成10年に無料開放)の大歩危橋が開通すると歩危観橋は使命を終えて廃橋になりました。

【歩危観橋】
昭和9(1934)年7月竣工
鉄針吊橋
全長90m、幅員3.8m
昭和49(1974)年廃止
総工費48,424円


歩危観橋04
歩危観橋西詰の(旧)上名交差点

歩危観橋は大歩危橋から150m上流の地点に架かっていました。西詰の交差点(上名交差点)は現在の国道より一段低くなっている為、歩危観橋と国道32号線は旧国道を介した変則形の交差点になっています。





歩危観橋02
歩危観橋西詰
(平成28年3月21日撮影)

橋桁こそ撤去されているものの、主塔の他に親柱、橋台などは完全な形で残っていたので、労せずして当橋の正式名称等が判明したのでした。9年前に訪れた時と比べてみると然程の変化はなく、ごく短い取付道路の跡地は民家脇の空き地として使用されているようです。大歩危は戦前から名の知れた観光地であり、当時から土讃線や国道32号線が写り込んだ絵葉書が多く発行されているのですが、歩危観橋が写った絵葉書は未だに一枚も発見できていません。


歩危観橋18
歩危観橋西詰
(平成19年3月17日撮影)

この日は長女と阿波池田駅から13:23発(当時)の「ゆうゆうアンパンマンカー(剣山8号)」に乗車する予定だったのですが、時刻は既に12:51になっており、約30分で23km先の阿波池田駅まで行かなければならない事態に気付いて大慌てした覚えがあります。急ぎに急いで結果的に発車直前のギリギリで間に合ったけど。
また、今春の帰省では43km先の讃岐財田駅から12:18発の阿波池田行き普通列車に乗車予定なのに、歩危観橋を出発できたのは11:23と前回ほどではないにせよ相変わらず余裕の無い行程となってしまいました。


歩危観橋03
西側の親柱

西側(左岸側)の親柱二基には「歩危観橋」の橋名の他に「距 川口 一二、〇粁 ・ 一宇 八、二四粁」と刻まれていました。ここで気になるのが一宇(三好市西祖谷総合支所付近)までの8.24kmという距離です。昭和49(1974)年に開通した祖谷トンネルによって大幅に短絡された現在の県道(旧・祖谷渓有料道路)の上名~一宇間が丁度8.2kmぐらいなので、昭和9(1934)年当時の8.24kmという数値には非常に違和感を感じざるを得ません。ちなみに祖谷トンネル開通以前の旧道である「おうどう峠」を越えると一宇までの距離は約15kmとなり、親柱に刻まれた距離を倍近く超過してしまいます。おそらく、親柱の一宇への距離8.24kmという数値は「おうどう峠」の旧道(車道)ではなく、それよりもさらに以前の勾配を考慮せず直線的に峠越えをしていた徒歩道の距離を示しているのでしょう。現行の地形図にもそれらしき道筋が部分的に点線表記で残っています。


歩危観橋05
祖谷渓道路と旧道(青線)

おうどう峠の旧道は17年ぐらい前に走破してみたところ、全線舗装済みで普通車でも容易に通り抜けが可能でした(地図によると平成28年現在でも路線バスが通っている模様)。


歩危観橋06
大歩危橋の橋上から歩危観橋跡を見る
(平成17年1月23日撮影)

東側(右岸側)の旧道は大歩危橋の袂から土讃線の法面に沿って歩危観橋に下っていました。旧道は一応の道形は残っているものの、廃道化していて薮が深い上に踏切が撤去されているので、橋の跡地まで接近するには多少の困難が伴います。上記の理由から歩危観橋の東詰には未だ立ったことがなく、どの程度の遺構(親柱等)が残っているかは不明です(橋台が現存しているのは対岸から確認済)。


歩危観橋08
大歩危橋の橋上から大歩危駅を見る
(平成17年1月23日撮影)

大歩危駅は辺境の駅ながら大歩危・小歩危や祖谷方面への観光拠点である事から全ての特急列車が停車します。また、かつては「土惨線」と揶揄されるほど土砂災害が多発した土讃線の核心部分だけに、非常時における緊急停車を可能にすべく構内は広くとられています(2面3線+側線1線)。


歩危観橋09
大歩危駅に停車中の「おおぼけトロッコ」
(平成21年11月14日撮影)

数年前までは阿波池田駅~大歩危駅で運行されていた「おおぼけトロッコ」は、平成28年現在では秘境駅として人気が高まってきた坪尻駅をコースに含めるべく、始発駅を香川県の琴平駅に変更して運行しているようです(列車名も「絶景!土讃線秘境トロッコ」に変更)。


歩危観橋19
「おおぼけトロッコ」のヘッドマーク



歩危観橋10
吉野川と大歩危駅を一跨ぎにする大歩危橋

【大歩危橋】
昭和48(1973)年竣工
中路アーチ橋
全長165m、幅員6.0m


歩危観橋11
上名交差点から大歩危橋を見る
(平成21年5月2日撮影)

県道の起点となる大歩危橋西詰の上名交差点には、数年前までは現在の県道45号線(西祖谷山山城線)ではなく、以前の路線っ番号である県道305号線(一宇山城線)の標識が建てられたままになっていました(平成27年に撤去確認)。
前述した通り、当初の歩危観橋を含む路線名は「剣山公園上名線」でしたが、昭和57(1982)年に「剣山公園上名線」の祖谷川橋以東の区間が国道439号線に昇格した為、残る区間の再編が行われ県道32号線(山城東祖谷山線)と県道305号線に分けられたのでした。さらに平成5(1993)年には県道305号線が県道45号線に昇格した事によって県道305号線は欠番となり現在に至っています。


歩危観橋12
茅葺屋根のモニュメントとして残っている祖谷渓有料道路の料金所跡

全長5.7kmの「祖谷渓有料道路」は祖谷トンネルの西口に料金所があった為、起点(上名交差点)から大歩危橋を含む山城側の旧道(おうどう峠)分岐までは有料時代から無料で通行できてました。という訳で「祖谷渓有料道路」とは実質的には「祖谷トンネル有料道路」と呼んで差し支えない状態でした。
なお、有料道路時代には「普通車410円、軽自動車150円、大型貨物510円、観光バス1,030円、自動二輪150円」(平成5年)の通行料金を徴収していました。


歩危観橋13
祖谷トンネル 山城側坑口

【祖谷トンネル】
昭和49年3月竣工
延長967m、幅員6.0m、高さ4.5m


歩危観橋14
祖谷谷の代表的観光地である「祖谷のかずら橋」

去年の夏には職場の同僚を連れて「祖谷のかずら橋」(wiki)へ行って来ました。まあ、すっかり観光地化されているけど、都会で育った人にはそれなりにスリルがあったらしく好評でした。かずら橋の渡り口で営業している売店では、鮎やアメゴの塩焼(各500円)や田楽(300円)に、うどん、蕎麦なんかも売っていて、いずれも風情があって美味かったですよ。


歩危観橋15
右岸側から見た「祖谷のかずら橋」
(通行料金550円)



歩危観橋16
売店で売っている鮎、アメゴ等の串焼き



歩危観橋17
アメゴ

分布域が九州、四国が中心のアメゴは、関東では簡単には見られない川魚です。西国で主流な川魚は鮎、ニジマスにアマゴなので、四国にいらした時には是非お試しになってみて下さい。


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コメント
この記事へのコメント
つべに1950年代の映像がありますが、チェック済みですか?
2016/04/17(日) 21:34 | URL | 九朗 #lcZPo9ns[ 編集]
いや、そのような映像の存在は知りませんでした。
2016/04/17(日) 22:49 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
と言ってもちょっとだけですが。
https://youtu.be/o_jj4OY9aT8
吊橋の写る唯一の映像じゃないでしょうか。
2016/04/17(日) 23:31 | URL | 九朗 #-[ 編集]
貴重な映像をありがとうございます。
大歩危峡や土讃線の絵葉書は割と発行されているのですが、歩危観橋を写したものは発行されてないのか未だ発見には至っていません。
2016/04/18(月) 19:50 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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