加茂川橋12
伊予西条 加茂川橋

以前紹介した(旧)加茂川橋を正面から写した絵葉書を新たに入手したので、改めて比較写真を掲載しときます。背後に写る山並みと親柱に小松までの距離が刻まれている事から西条、新居浜側(右岸側)から撮影した物に間違いなさそうです。


加茂川橋13
(旧)加茂川橋跡
(上記絵葉書と同地点から撮影)



加茂川橋14
加茂川橋の親柱

この二つの親柱(「小松へ壱里二十三町」、「加茂川橋」)は現在も(旧)加茂川橋西詰に建つ常夜灯(加茂川渡場常夜灯)の下に保存されています。


加茂川橋15
加茂川堤防

こちらは(旧)加茂川橋から800m上流に遡った一銭橋(木橋)付近の加茂川を撮影した絵葉書。一銭橋の名前は石水悦蔵という個人が架設した私道の橋だった為、通行料として一銭を徴収していた事に由来しているそうです(戦後、市道移管に伴い無料化)。伊曽乃神社の真北に位置する事から同神社の参道としての役割も果たしており、西条祭りの際には神輿が宮入りに通過する事でも知られています。木橋の一銭橋は洪水の度に流出を繰り替えした為、昭和58(1983)年に現在のメロディー橋こと伊曽の橋に架け替えられました。


加茂川橋16
西條勝地絵葉書

これらの絵葉書を発行したのは西條町札ノ辻(現・西条市東町)で営業していた金川書店。遠い昔に廃業してしまったらしく、現在の札ノ辻周辺で聞き取りを実施しても金川書店を知っている人に出会う事はできませんでした。


加茂川橋17
西条市の札ノ辻跡

西条の札ノ辻跡はシャッター通りと化したアーケード街の中にあり、現地には「札ノ辻跡」の碑が建立されていました。新居郡西條町の道路元標が設置されていたという住所「大字東町二百五番地々先」は札ノ辻を指しています(道路元標は現存せず)。

西條藩では幕府の「お触れ」を領民に周知するため高札を掲げた。これにより当地は「札の辻」と呼ばれるようになった。天和二年(一六八二)の高札は市指定文化財として飯積神社に保存されている。
(札ノ辻の碑文より)


地図

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