向野橋01
向野跨線橋

昨年の長期出張時にキップ購入の手違いで夕方に名古屋駅に着いてしまった事があったので、日没までの1時間程度の時間を使って名古屋駅周辺の近代土木遺産2件を見てきました。
まずはJR関西本線、名古屋車両区、近鉄名古屋線、あおなみ線を跨ぐ向野跨線橋。この橋のトラスは明治32(1899)年に山陰本線(新線の開通により現在は嵯峨野観光鉄道)の保津川橋梁として製造・架設された物で、昭和3(1928)年に保津川橋梁が架け換えになった事から、当地に道路橋として移設されました。なぜ山陰本線で架け換えになったのかは不明ですが、昭和3年には同じく嵯峨野観光鉄道になっている区間の鵜飼第1トンネルも新トンネルに切り替えられているので、保津川沿線の山陰本線ではこの時期に路線の強化が行われたのかもしれません。

【向野跨線橋】
明治32(1899)年製造、昭和5(1930)年に現在地へ移設
鋼プラットトラス橋
全長119m(トラスは85m)、幅員5.5m
近代土木遺産Bランク


向野橋02
向野跨線橋から名古屋車両区を見下ろす
(奥が八田駅方面)



向野橋03
向野跨線橋から名古屋車両区を見下ろす
(奥が名古屋駅方面)



向野橋04
向野跨線橋

向野跨線橋は車両も離合できるだけの幅員を有しており、当初は自動車での通行も可能でしたが、床版に老朽化が見られるようになった為、平成14(2002)年からは車両通行禁止の措置がとられています。


向野橋05
下水管埋設工事中の向野跨線橋北詰
(平成27年11月23日)



向野橋06
米野駅に留置されている近鉄の特急列車

日没までもう少しだけ時間があったので米野駅から名古屋駅まで戻って、名鉄名古屋本線の新名古屋トンネル北口へ向かう事にします。


向野橋07
新名古屋地下トンネル(北口)
【近代土木遺産Cランク】

新名古屋トンネルは当時は別々の路線だった名鉄の二大幹線である名岐線(終着駅は柳橋駅)と豊橋線(終着駅は神宮前駅)を接続する事を主目的に計画された延長1,419mの地下トンネルです。
昭和12(1937)年に着工され、地上を切り開いて埋め戻す開削工法によって建設が進められました。まず、昭和16(1941)年に北側(旧名岐線)の東枇杷島駅~名鉄名古屋駅間が開業、3年後の昭和19(1944)年に南側(旧豊橋線)の名鉄名古屋駅~神宮前駅間が開業した事によって全通しています。これによって名岐線と豊橋線の利便性は大きく向上し、両線を合わせて名古屋本線に改称されました。


向野橋08
新名古屋地下トンネルに差し掛かる名鉄列車



向野橋09
名古屋駅周辺地図



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