
成美橋
今日、仕事中に古町駅付近をブラブラしていると萱町公園の傍で古そうな親柱の文字が目に留まりました。橋自体はこれと言った特徴も無く目立った存在ではないので、親柱が余計に際立ったのかもしれません。

これがその親柱(向かって右手前・南東)、由来は不明ですが古めかしくも力強い文字(何じゃそりゃ?)で「成美橋」と刻まれていました。

側面には何と「明治廿五 壬辰 三月架■」と刻まれています。松山市内に明治時代の道路橋が残っていたとは驚きました。明治25年と言えば近くの古町駅の開業から僅か4年後ですね。これは古い!
しかし明治時代の橋にしては幅が少し広すぎるような気もしますが?

向かって左手前(南西)の親柱は達筆すぎて私には判読不能。

上写真の親柱の側面には「明治八年一月新道開鑿」と刻まれていました。なぜ明治25年に架けられた橋に、明治8年の新道開鑿について刻んでるんでしょう?

北東の親柱。これも判読不能。

北西の親柱に刻まれた「成美橋」の文字。両側の欄干内側には寄付者名がぎっしりと刻まれていて、何だか参道橋のような雰囲気を感じます。

横から見てみると、どうやら元々の石桁を後付のコンクリート桁で補強しているようです。この成美橋については時間がある時にでも図書館で少し調べてみたいと思います。
【地図】
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