源氏橋01
源氏橋

養老駅からほど近い町内飯ノ木の県道213号線(養老平田線)の傍には、源義朝(1123~1160)所縁と伝わる源氏橋が架かっています。源氏橋の橋名は平治の乱(1159)で平清盛に敗れた義朝が、東国に敗走する際に、この橋の袂から舟に乗って津屋川を下って行った事に由来しているんだとか。その事をアピールするためか欄干には源氏の家紋である笹竜胆があしらわれています(内側には武門の棟梁である源氏らしく矢の装飾が施されている)。

【源氏橋】
大正4(1915)年竣工
石桁橋
近代土木遺産Bランク

地図


源氏橋02
源氏橋と道標

大正4(1915)年竣工の源氏橋のすぐ隣には昭和37(1962)年に架設された車道の源氏橋が架かっている他、「明治十三年」、「源氏橋 自出十八丁養老公園」、「明治十三年 多藝郡飯ノ木村」と刻まれた道標が建立されています。明治13(1880)年の道標は、おそらく先代・源氏橋の親柱だったものなのでしょう。ちなみに明治13年は養老公園が開園した年です。



源氏橋03
源氏橋

向かって左側の親柱には橋の架設に深く関与したとみられる「多藝輪中水害豫防組合」なる団体名が刻まれていました。


源氏橋04
源氏橋

一一五九年平治之乱に敗れた源義朝主従は、平家の追討の目を隠れ鷲巣玄光に助けられ、ここから柴船で尾張の国内海へ遁れました。
この故事からこの橋を源氏橋と呼んでいます。
石柱に「源氏橋 自出十八丁養老公園」、裏面に「明治十三年 多芸郡飯木村」と刻されています。この川は津屋川ですが昔は田渡川といったこともあります。
坂を少し登った左手に「咲く花のきざし含みて落ち葉かな 如雪庵梅岡」と落ちのびて行く義朝の心を悼みよんだ句碑があります。

(現地の案内板より)



源氏橋05
車道(左:昭和37年架設)と人道(右:大正4年架設)の源氏橋



源氏橋06
如雪庵梅岡の句碑



源氏橋07
建設中の県道バイパスの高架橋

源氏橋の直上には県道96号線(大垣養老公園線)のバイパス道路を建設する事が計画されていますが、10年以上も前に取付道路が完成したきり放置されたままになっています。果たして、この高架橋が開通する日は来るのでしょうか。


源氏橋08
源氏橋周辺地図



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