大仁橋01
大仁橋ト水晶山
(三代目・大仁橋)

今回の記事では上記絵葉書の現状を確認します。「大仁橋」と「水晶山」のキーワードで検索した結果、撮影地は静岡県田方郡大仁町(現・伊豆の国市)の大仁橋だと分かりました。

地図


大仁橋02
現在の大仁橋と水晶山
(五代目・大仁橋)

現在の大仁橋は絵葉書の橋と比べると、下路鋼トラス橋という共通点はあるものの一見して幅が広く、近年に架け替えられた事が察せられます。また、絵葉書の大仁橋が1径間であるのに対し、現橋は2径間になっているのも相違点として挙げられます。


大仁橋05
大仁ポケパの案内板

旧橋(四代目・大仁橋)右岸側の旧道跡地は現橋の開通後に「大仁ポケパ(ポケットパーク)」として整備され、そこには大仁橋の変遷について詳細に記した案内板も立っています。そのお蔭で冒頭に紹介した絵葉書の大仁橋が大正4(1915)年に架けられた三代目の橋だった事が判明。この三代目の橋は昭和33(1958)年の狩野川台風によって左岸側の取付道路が流失する被害を受け、復旧時の河川改修によって河川敷が広げられた事から、トラスを1径間増設して四代目の大仁橋に架け換えられました。また、同年中には800mほど下流の位置にバイパス道路の狩野川大橋も開通しています。

明治13(1880)年:初代・大仁橋架設
明治38(1905)年:二代目・大仁橋(木鉄混合トラス、L=62m、W=4.5m)架設
※二代目・橋は開通日当日に落橋事故(!)を起こしたらしい
大正4(1915)年:三代目・大仁橋(L=70m、W=4.8m)架設
昭和33(1958)年:三代目・大仁橋が狩野川台風に被災
昭和34(1959)年:四代目・大仁橋(L=150.3m、W=4.8m)架設
昭和34(1959)年:狩野川大橋(L=199.1m、W=8.0m)架設
平成20(2008)年:五代目・大仁橋架設


大仁橋03
空中写真に写る三代目・大仁橋
(昭和22年撮影)



大仁橋04
空中写真に写る三代目・大仁橋
(昭和51年撮影)



大仁橋06
三代目から四代目への架け換え風景
(大仁ポケパの案内板より)



大仁橋07
三代目・大仁橋の橋台跡

狩野川の水際で謎の煉瓦建造物を発見。これは三代目・大仁橋の橋台(狩野川台風で被災した左岸側)の基礎部分と言われているみたいです。


大仁橋08
右岸側の橋台跡と大仁ポケパ



大仁橋09
現在の大仁橋と旧大仁橋跡



大仁橋10
旧大仁橋跡

大仁ポケパには旧大仁橋(三・四代目)の一部が展示保存されていました。このようなトラスの保存例は穴吹橋ぐらいでしか見た事がありません。ポケパの整備具合と言い、旧橋は地元から余ほど愛されている存在だったのでしょう。


大仁橋11
旧橋の橋梁銘板
「大正四年 横河橋梁製作所 東京工場製作」



大仁橋12
旧橋の銘板
「昭和34年8月完成」



大仁橋14
撤去前の旧大仁橋
(大仁ポケパの案内板より)



大仁橋15
伊豆箱根鉄道3000系電車

大仁橋のすぐ北側には伊豆箱根鉄道駿豆線が通っています。大仁ポケパを散策していると県道80号線の踏切が鳴り始めたので駆け寄って一枚撮影しときました。


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