函嶺洞門01
断崖渓流に面接す 塔の澤の隧道
(昭和10年頃の函嶺洞門)

函嶺洞門は昭和6(1931)年に完成した箱根国道(国道1号線)のロックシェッドです。洞門が建つ箱根湯本は当時から著名な観光地だった箱根の玄関口に当たる事から、近接する旭橋、千歳橋と共に機能性だけでなくデザイン面でも工夫が凝らされており、函嶺洞門のデザインは中国の王宮をイメージしたものと言われています。
近年では大型車同士の離合ができない断面の不足に加えて老朽化も進行した為、平成19(2007)年から洞門を迂回する函嶺洞門バイパスの建設に着手、昨年(2014年)2月7日に開通した事によって函嶺洞門は83年もの長きに渡った役目を終えました(参考資料)。


函嶺洞門02
【A地点】 函嶺洞門 三島側坑口
(平成19年2月3日撮影)

函嶺洞門バイパスが着工した年の函嶺洞門。箱根の玄関口という場所柄から大型観光バス等の通行が多く、ボトルネックと言う程でもないけど離合渋滞が頻発していました。なお、国道1号線ではあるものの昭和37年に箱根新道(国道1号線の自専道、平成23年無料開放)が開通している為、東西の幹線としての機能はそちらの方に譲っています。

【函嶺洞門】
昭和6(1931)年竣工
延長100.0m、幅員5.2m、高さ5.1m
近代土木遺産Aランク


函嶺洞門03
【A地点】 函嶺洞門 三島側坑口
(平成27年4月19日撮影)

廃止から1年2ヶ月が経過した函嶺洞門の様子。新道と旧道の分岐点にはガードレールが設置され、洞門自体もコーンポールと遮断棒によって簡易な封鎖処置がなされていますが、特に「立入禁止」とは明示されていませんでした(記憶違いかも?)。





函嶺洞門04
三島側の扁額



函嶺洞門05
函嶺洞門の地蔵

函嶺洞門の三島側坑門脇にある地蔵は、大正12(1923)年の関東大震災で発生した土石流による犠牲者を弔う為に建立されたものと言われています。





函嶺洞門07
函嶺洞門と会館橋
(平成23年12月28日撮影)

函嶺洞門バイパスが通っている早川左岸の平場は過去に県立箱根観光会館が建っていた敷地です。平成9(1997)年に同会館が閉館となった後も国道1号線と会館跡地を結んでいた「会館橋」は残っていましたが、会館橋と架橋位置がほぼ重なる「函嶺もみじ橋」の建設が進むと撤去されました。


函嶺洞門08
函嶺洞門と函嶺もみじ橋
(平成27年4月19日撮影)



函嶺洞門06
淙々たる渓流に臨む函嶺洞門
(上の写真とほぼ同位置)





函嶺洞門09
廃止前の函嶺洞門内
(平成19年2月3日撮影)



函嶺洞門10
廃止後の函嶺洞門内
(平成27年4月19日撮影)



函嶺洞門11
函嶺洞門内から小田原方面を見る
(平成27年4月19日撮影)





函嶺洞門12
【B地点】 函嶺洞門 小田原側坑口
(平成19年2月3日撮影)



函嶺洞門13
【B地点】 函嶺洞門 小田原側坑口
(平成27年4月19日撮影)





函嶺洞門14
小田原側の扁額



函嶺洞門15
【B地点】 函嶺洞門と函嶺洞門バイパス
(函嶺もみじ橋と函嶺さくら橋)

ちなみに函嶺洞門が廃道になった事によって新春の箱根駅伝も今年からはバイパス経由になりました。これによって同区間のコース延長は20m増加しています(旧道:150m、新道:170m)。





函嶺洞門16
【A地点】 函嶺洞門から千歳橋を見る
(平成19年2月3日撮影)



函嶺洞門17
【A地点】 函嶺洞門から千歳橋を見る
(平成27年4月19日撮影)






函嶺洞門18
【C地点】 千歳橋

続いて函嶺洞門から約80m上流の早川に架かっている千歳橋は、函嶺洞門と同時期の昭和8(1933)年に架橋された『洋風デザイン』のRC下路アーチ橋。元々、箱根湯本から塔ノ沢にかけての国道1号線は約600mの短い範囲内で3回(旭橋、千歳橋、玉の緒橋)も早川を渡っていましたが、函嶺洞門バイパスの開通によって2回(函嶺もみじ橋、函嶺さくら橋)増えて計5回になりました。これは函嶺洞門の周辺地形の険しさを表しているかのようです。


函嶺洞門19
千歳橋

【千歳橋】
昭和8(1933)年竣工、延長25.5m、幅員9.0m
近代土木遺産Aランク


函嶺洞門20
箱根塔之澤 千歳橋
(木橋だった頃の千歳橋)

初代の千歳橋は明治時代初期に架けられた木橋でした。明治から大正、昭和にかけて洪水による流失と架け換えを繰り返して昭和8(1933)年に現在の永久橋になっています。




函嶺洞門22
【D地点】 旭橋

函嶺洞門の下流側に架かるのは『和風デザイン』の旭橋。千歳橋とは同年の完成で幅は旭橋の方が広いのですが、両岸の取付道路が急カーブだった事がネックとなったようです。これを解消する為に昭和43(1968)年に上り線専用の新旭橋が架けられ、旧来の旭橋は下り線専用として利用されています。なお、永久橋になる以前の木橋(旭日橋)は現橋の少し下流に架かっていました。


函嶺洞門21
単線時代の旭橋
(戦前絵葉書)

湯本に来て早川に架かる旭橋の上に立つと、翠緑は四方を閉じ滔々たる渓水の音は耳朶を打ち身は既に仙境にあるが如く箱根の山の凡山凡水にあらざるを思ふ。


函嶺洞門23
旭橋

【旭橋】
昭和8(1933)年竣工、延長39.5m、幅員10.0m
近代土木遺産Aランク


函嶺洞門24
(旧)旭日橋

旭日橋跡

古写真に見る旭日橋が架かっていた所です。木橋ながら箱根では初めての洋風の吊り橋で、明治18年(1885)9月に開通しました。時の太政大臣三条実美が渡り初めをしています。
(中略)
橋は、明治26年(1893)、新道の付け替えで、少し上流の現在の場所に移されました。

(現地の案内板より)



函嶺洞門25
旭日橋の跡地に残っている橋脚の基礎部分



函嶺洞門26
函嶺洞門周辺地図



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
最近、戦後カラー絵葉書で「・箱根・塔ノ沢附近」というのを1枚入手しました。画面左手に函嶺洞門の入口が見え、対岸に1階部分が全面ピロティ―の近代建築が写っていましたが、何の建物か全くわかりませんでした。WEBをアチコチうろつく中でこちらのブログに漂着してモヤモヤが一気に晴れました。ありがとうございました。
2016/02/21(日) 03:00 | URL | もの3 #-[ 編集]
こんばんは。コメントありがとうございます。
左手に洞門、その対岸という事は観光会館が建っていた敷地でしょうか。当ブログの記事が問題解決に役立ったのなら良かったです。
2016/02/21(日) 17:28 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
初めまして。
来年箱根に移住しますので、最近良く箱根に行きます。函嶺洞門は16歳の頃からバイクツーリングでよく通っていた建造物で、今も通るたびに懐かしく見ています。函嶺洞門を私のブログに載せようと思いますが、こちらのブログが大変素晴らしかったのでリンクを貼らせていただいてよろしいでしょうか?よろしくお願いいたします。
2016/08/03(水) 09:34 | URL | blacksnake427sc #-[ 編集]
はじめまして。
函嶺洞門は、たまたま新道への切替のタイミングで写真を残せてラッキーだったと思っています。
こちらからは既に貴ブログにリンクさせていただきましたので、ご自由にリンクしてください。
それでは今後ともよろしくお願いします。
2016/08/03(水) 20:10 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
ご承諾、ありがとうございました!

早速紹介文を追加させていただきました。

今後とも何かありましたらよろしくお願いいたします。
2016/08/03(水) 21:06 | URL | blacksnake427sc #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/572-740dbb97
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック