会吉隧道01
会吉、明通隧道周辺地図

東塩尻信号場から姨捨に移動する際にちょっと寄り道をして、「現役最古の国道トンネル」と言われている国道143号線の会吉隧道と明通隧道を通ってきました。
この両隧道は長野県が明治15(1882)年に打ち出した「七道開削事業」の第二路線(松本~上田間)の一部として明治23(1890)年に開通しています。昭和28(1953)年には上記の第二路線は国道143号線に昇格しましたが、昭和51(1976)年に並行路線の国道254号線に「三才山トンネル有料道路」(普通車510円)が開通すると、そちらに松本~上田間の主要幹線の座を明け渡しました。三才山トンネルを有料道路として整備した事もあって、国道143号線の山間部(松本市~筑北村~青木村)は改良工事が行われず、明治以来の会吉隧道と明通隧道が未だに現役国道として残っている訳です。


会吉隧道02
【A地点】 国道143号線
(松本市会吉)

国道143号線の松本市側の既整備区間は旧四賀村合吉地区まで。会吉隧道と明通隧道に代わる新トンネルを建設するとすれば、現代の基準だと少なくとも1km超のトンネルが2つは必要になるでしょう。


会吉隧道03
会吉隧道 松本側坑口

峠の登り口から僅か3~4分ほど登ると、まずは松本市~筑北村境の会吉隧道が現れます。普通車同士なら離合可能な幅員を有していますが、信号機による交互通行になっているのは幹線道路だった頃(三才山トンネル開通以前)の名残でしょうか。なお、現在の隧道は昭和10(1935)年に拡幅改修された物で完成した当時の姿は失われています。

【会吉隧道】
明治23年竣工(昭和10年改築)
延長135.0m、幅員5.4m、高さ3.9m


会吉隧道19
冬季の会吉隧道 松本側坑口
(国道143号生活利用者さん提供)



会吉隧道04
内部の大部分は素掘りに吹付けコンクリート



会吉隧道05
会吉隧道内から筑北村側を見る



会吉隧道06
会吉隧道 上田側坑口

会吉隧道では撮影と信号待ちで10分近く滞在していたものの、この間に通った車は松本方面へ下って行った2台だけでした。現状の交通量では、やはり信号機は不要ではないかと…。


会吉隧道20
冬季の会吉隧道 上田側坑口
(国道143号生活利用者さん提供)

と、思ってたら冬季の会吉隧道は雪の吹き込みと除雪した雪の堆積によって離合が困難になる為、信号機が必要とのご指摘をいたきました。写真を見ると納得の光景です。


会吉隧道07
【B地点】 県道277号線交点

会吉隧道~明通隧道の明かり区間(約3.8km)は筑北村の村域ですが、国道143号線は村の外れをかすめているだけ。この明かり区間から分岐する県道277号線(河鹿沢西条停車場線)を東条川に沿って下って行くと筑北村の中心部です。


会吉隧道08
明通隧道

筑北村~青木村境の明通隧道も会吉隧道と同年に開通した明治隧道。ただし、こちらは戦後の改修である為か、より装飾性がない無表情なコンクリートの坑門に仕上がっていました。全国隧道リストによると「幅員5.5m、高さ4.0m 」と、現在と同スペックでありながら覆工は「レンガ」と記されている事から、開通当時から現在と同程度の断面が確保された煉瓦隧道だった可能性があります。もしかすると隧道を覆い尽くしているコンクリートの下には今でも竣工当時の煉瓦が残っているかもしれません。


会吉隧道09
明通隧道 松本側坑口

【明通隧道】
明治22年竣工(昭和32年改築?)
延長89.0m、幅員5.5m、高さ4.0m(制限高3.5m)


会吉隧道10
明通隧道内から青木村側を見る



会吉隧道11
明通隧道 上田側坑口

会吉隧道と明通隧道は両坑口とも断面はほぼ同じスペックですが、会吉隧道と比べると明通隧道の方が多少短い事が影響しているのか信号機は設置されていません。


会吉隧道12
明通隧道の制限標識



会吉隧道13
明通隧道出口の青看
「↑長野59km、小諸43km、上田23km」



会吉隧道21
冬季の明通隧道出口
(国道143号生活利用者さん提供)



会吉隧道22
青木峠の除雪風景
(国道143号生活利用者さん提供)



会吉隧道14
【C地点】 青木村側の峠道

青木村側の峠道は松本市側と比べると地形が急峻で、最大10%の急勾配と急カーブが連続してます。それでも離合可能なだけの幅員は確保されているので酷道と言う程ではないです。私がもし松本~上田間を頻繁に往復する立場だったら、毎回片道510円かかる国道254号線(三才山トンネル)よりも国道143号線の方をメインに利用するでしょう。


会吉隧道15
【D地点】 国道143号線
(青木村原池)

青木村側の既改良鵜区間は路線バスの終点である原バス停付近まで。青木村から上田市までは直線的な快走路が続いています。この後は県道12号線(丸子信州新線)の修那羅峠(青木村~筑北村境)を越えて姨捨駅に向かいました。





会吉隧道17
【E地点】 修那羅隧道跡地
(奥が筑北村側)

現在の修那羅峠は深い切通しになっていますが、昔の地図や全国隧道リスト等によると過去には小さな素掘りの隧道が通っていたようです。例によって過去の空中写真を比較してみると、この修那羅峠の隧道は昭和50(1975)年~昭和61(1986)年の間に撤去されている事が確認できました。

【修那羅隧道】
大正15年竣工
延長32.0m、幅員3.5m、高さ3.3m


会吉隧道16
【E地点】 修那羅隧道跡地
(奥が青木村側)



会吉隧道18
会吉、明通隧道周辺地図



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コメント
この記事へのコメント
この2つの隧道、狭いながらも、国道として、現在も、通年を通して、通勤路線として、活躍してます。除雪、塩カル散布、隧道内のツララ除去、倒木除去、土砂除去、地滑り対処など、毎日パトロールをして、整備をしています。冬季は、早朝までに、全線で普通車すれ違いギリギリですが、除雪してます。管理のおかげで、通勤、病院、買い物と安心して通行できています。過疎地の移動販売車も通行してます。交互信号機は、冬季の除雪で、トンネル内への雪堆積で凍結して、狭くなるため、必要です。定期点検で、信号不点灯の無いように、維持されてます。生活利用者より、投稿させていただきました。今後も、忘れられそうな道の掲載を、期待してます。
2015/04/18(土) 18:45 | URL | 国道143号生活利用者 #CLqTATPU[ 編集]
冬季の事にまで考えが至りませんでした。
地元の方からコメントがいただけてありがたいです。
2015/04/18(土) 22:35 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015/04/18(土) 23:37 | | #[ 編集]
白馬村から佐久へ以前は三才山トンネルを利用しましたが、今回は手前に上田が目に入り、4月初利用しました。後日の調べですが。 先人の苦労の道であると感謝しました。明るい時間帯でしたが、すれ違う車は数台ながら、しっかり管理されていて、良い道路でした。
2017/04/04(火) 21:18 | URL | 虹色すみれ #-[ 編集]
歴史の古い車道なので、意外に走り難さはないですよね。現代的な道ではないかもしれないけど、時間に余裕がある時はこういう道を選択したいと思います。
2017/04/08(土) 14:29 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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