勝瀬橋01
木造吊橋だった頃の初代・勝瀬橋
(相模湖観光絵葉書より)

相模原市内の橋本五差路と相模湖インターを結ぶ津久井広域道路(全長18km)の中では、隣接する現橋(旧橋)の幅員が狭小だった新小倉橋(平成16年開通)と勝瀬橋(平成18年開通)の2橋がまず先行開通をしています。
相模湖上に架かる初代・勝瀬橋(木造トラス吊橋)が開通したのは昭和19(1944)年の事。昭和22(1947)年に完成する相模ダム(相模湖)による水没補償的な意味合いを持った架橋でした。


勝瀬橋02
初代・勝瀬橋の主塔
フォトライブラリーより)

上記の初代・勝瀬橋は架橋から10数年が経過すると木造トラス部に老朽化が見られた事から、昭和34(1959)年に初代橋の主塔を活用して鋼斜張橋に架け替えられました。これは国内初の斜張橋であったと言われています。この二代目に当たる勝瀬橋は小倉橋と同じく「かながわの橋100選」に選定され、現在の三代目・勝瀬橋が開通する平成18(2006)年まで使用されました。斜張橋だった頃の勝瀬橋については土木学会歴史的鋼橋のサイトで、在りし日の姿を見る事ができます。

【旧勝瀬橋】
昭和34(1959)年竣工、延長128m、幅員4.0m
鋼斜張橋


勝瀬橋03
旧勝瀬橋跡
(相模湖IC側から撮影)

私が八王子に引越してきた平成22(2010)年には既に旧勝瀬橋の橋桁は撤去されていたものの、まだ両岸に主塔が残っていました。しかし、翌年6月に主塔を残した旧勝瀬橋跡を撮影すべく出掛けたところ主塔は撤去された後であり、現在では旧橋の遺構は取付道路とアンカーブロックを残すのみです。


勝瀬橋05
現在の勝瀬橋と旧勝瀬橋跡
(奥が日連側)



勝瀬橋04
勝瀬橋
(勝瀬橋南詰から撮影)

現在の勝瀬橋は旧橋と同じ斜張橋ですが、橋上での離合ができなかった旧橋と比べると格段に大きな橋になりました。

【勝瀬橋】
平成18(2006)年開通、延長270m、幅員7.5~10.25m


勝瀬橋06
勝瀬橋南詰
(津久井広域道路のトンネル建設予定地)

相模湖IC側(国道20号側)から勝瀬橋を渡ると県道520号線(吉野上野原停車場線)と旧道に突き当り、国道20号線の対岸を通って上野原駅に至ります。ただし、これは(新)勝瀬橋本来の運用目的ではなく、将来的には津久井広域道路の一部として相模原インター、新小倉橋を経て橋本五差路で国道16号線、国道129号線と接続する計画です。津久井広域道路が全線開通する際には、現在は突き当りになっている勝瀬橋南詰を真っ直ぐに貫くトンネルが建設される事でしょう。


勝瀬橋07
津久井広域道路地図
(勝瀬橋から東金原までの約10kmが未開通)



勝瀬橋08
旧勝瀬橋跡
(日連側から撮影)



勝瀬橋09
初代・勝瀬橋の主塔
フォトライブラリーより)

旧橋廃止後の主塔の写真を見ると、撤去も止む無しと納得がいくほど老朽化しています。今となっては確認する術もありませんが、この主塔には戦時中の米軍機による銃撃の痕跡が残っていたそうです。


勝瀬橋10
主塔撤去後の勝瀬橋跡






勝瀬橋11
相模湖インター入口

勝瀬橋の北岸である相模湖ICの入口には、昭和43(1968)年に同ICが開通した際に設置されたと見られる「有料道路→」と示された古い標識が残っていました。自専道なので背景色こそ緑ですが、白看と同時代の標識に違いありません。


勝瀬橋12
白看タイプの緑看



勝瀬橋13
河口湖インター

昭和44(1969)年に開通した中央道(富士吉田線)の終点である河口湖ICにも古いタイプの緑看が残っていました。ちなみに現在では「中央高速」という路線名が公式に使用される事は殆どなく、専ら「中央道」で通っています。


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/560-da0db30a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック