三隈橋02
加加鶴隧道 久留米側坑口
(大正2年頃)

国道210号線の加々鶴隧道(大分県日田市)は、大正3(1914)年10月に開業した筑後軌道の加加鶴隧道を改築したものです。この度、建設中の「加加鶴隧道」と「逆谷橋梁」を写した写真を入手したので、国道210号線に転用されて久しい現状と比較してみたいと思います。


三隈橋03
加々鶴隧道 久留米側坑口
(平成19年7月撮影)

加々鶴隧道(加加鶴隧道)について簡単に整理すると、筑後軌道の隧道として開通したのは大正3(1914)年の事。久留米と日田と言う九州でも屈指の主要都市を結ぶ鉄道とあって乗客は決して少なくありませんでしたが、昭和3(1928)年に築後軌道に並行する形で国鉄・久大本線が開業すると、翌年には同軌道は全廃されてしまい僅か15年の歴史に幕を下ろす事になります。その後は36年間に渡って廃線トンネルとして休眠期間を過ごして、昭和40(1965)年に三隈川沿いの旧国道210号線のバイパスとして改築される事になりました。これが現在も国道210号線として利用されている加々鶴隧道です。

【加々鶴隧道】
昭和40年竣工、延長372.2m、幅員7.0m、高さ4.5m


三隈橋09
加加鶴隧道の横坑跡

改築され尽くした本坑には鉄道時代の痕跡は全く残っていませんが、川沿いの旧国道(現在は歩道になっている)からは三隈川に向けて掘られた2本の横坑跡を見る事ができます。


三隈橋04
加加鶴隧道の扁額
(改築前)



三隈橋12
加々鶴隧道の扁額
(改築後)



三隈橋10
宗像神社改築記念碑

加々鶴隧道西口付近の宗像神社には明治から大正時代にかけて、国道210号線の整備に用いられたローラーが同神社の改築記念碑として安置されていました。

記念石の由来

本神社改築記念碑の石は明治・大正年代の県道(現在の210号線) に活躍したローラーで記念保存の目的を以って永久に茲に安置するものです。

(現地の案内板より)





三隈橋05
建設中の逆谷橋
(大正2年頃)



三隈橋06
現在の逆谷橋
(平成19年7月撮影)

加加鶴隧道の西、長谷停留所~加々鶴停留所間に架かる逆谷橋は筑後軌道最大の遺構。見るからに堅牢な石アーチ橋は完成から100年、廃線から85年の年月を経た今日でも竣工当時と殆ど変らない姿を保っているようです。

地図


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