原田橋15
静岡縣磐田郡 中部原田橋の景
(初代・原田橋)

後編では初代・原田橋について触れておきたいと思います。原田橋が初めて架設されたのは今から丁度100年前に当たる大正4(1915)年の事。この架橋事業は地元(佐久間)の名士「原田久吉」氏の尽力によるものと伝わっており、完成した橋は原田氏の名を冠して原田橋と命名されました。

【初代・原田橋】
大正4年竣工、延長111.8m、幅員2.4m


原田橋14
【D地点】 原田橋の碑

私が斜面から降り立った原田橋の袂には架橋記念碑が建立されていました。碑文は漢文で刻まれていた為、正確に内容を把握する事は出来ませんが、要約すると概ね以下の通りかと。

原田翁は三河・遠江・信濃国境の嶮しい隘路に車道を通す為、天竜川中流に鉄橋を架けようと謀った。原田橋は大正2年9月起工、20ヶ月を経て大正4年4月22日に竣工し開橋式を挙行した。


原田橋13
【D地点】から【A地点】方面を見る

帰路には降りてきた斜面を登るのが煩わしくて、現・原田橋付近に配置されているであろう警備員に事情を説明して通行止の国道473号を通して貰おうかとも考えました。しかし、あれこれ詮索されるのも嫌だったので結局は来たルートを登攀して県道1号線まで戻りました。


原田橋16
【E地点】 県道1号と市道の分岐点

最後に原田橋東詰で国道473号線と合流する市道(この道も通行止になっている)の入口にいた警備員に話しかけてみると、予想に反して「徒歩なら原田橋まで行っても良い(現場に入るのは不可)」との事。合わせてこの道から多くの人が落橋した原田橋を見学に訪れているという事実も教えて貰いました。さっきの山越えの苦労は何だったんだ…。


原田橋17
【D地点】 原田橋東詰

とは言え、こちらからでは建設中の新原田橋が邪魔になって落橋した原田橋の全貌を見る事はできません。どうやら先の山越えも無駄ではなかったようです。


原田橋18
原田橋の献花台
この落橋事故によって2名の浜松市職員が犠牲になった



原田橋23
【D地点】から佐久間方面の国道473号線を見る



原田橋19
新原田橋

今回の土砂崩れでは原田橋に隣接する新原田橋も大きな被害を受けていました。新原田橋は当初の予定では平成27年度中の開通が予定されていましたが、架橋位置の変更も検討されている現状では予定通りに開通させる事は困難でしょう。


原田橋22
新原田橋の完成予想図



原田橋20
【D地点】から原田橋の仮設迂回路を見る

なお、今月初めから急ピッチで整備が進められていた原田橋に代わる迂回路は予定より5日早い2月12日夕方に開通しました。ただし、信号による交互通行の上に天竜川の増水時には通行止なるそうなので、周辺住民の不便が完全に解消されるのは暫く先になりそうです。


原田橋21
【F地点】 仮設道路の天竜川渡渉地点
(平成27年2月6日撮影)



原田橋05
原田橋周辺地図



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