大正橋01
大正橋
(開通記念絵葉書より)

今回は梼原川に架かる大正橋(旧国道381号線・四万十町)の開通記念絵葉書と現状を比較してみます。大正橋は昭和3(1928)年に県道江川崎窪川線の橋として旧大正町の中心部である田野々から吾川に架設されました。平成5(1993)年頃には600mほど上流に田野々トンネル(L=178m)と大正新橋によるバイパスが開通したため幹線道路としての役目を終え、平成6(1994)年には下流側に田野々大橋が開通した事から田野々~吾川間の生活道路としても二番手となっていますが、地元住民からは今なお「赤鉄橋」の愛称で親しまれています。なお、県道江川崎窪川線は県道2号線宇和島窪川線を経て昭和50(1975)年には国道381号線に昇格し、平成19(2007)年の半家バイパスの開通によって江川崎~窪川間の改築はほぼ完了しました。


大正橋02
【A地点】 現在の大正橋
(平成19年2月7日撮影)

塗装工事が最後に行われたのは旧道化直後の20年前である為、現在では経年相応に草臥れてきています(平成26年現在も再塗装されていない)。鉄橋本体は上流側に歩道が増設されている他は竣工当時と変化は見られません。ちなみに大正橋の由来となった大正村(大正町→四万十町)とは、東上山村が大正3(1914)年に大正天皇の即位を契機として改称したものなので、大正橋の間接的な名付け親は大正天皇だと言えるかもしれません。


大正橋03
大正橋

【大正橋】
昭和3年竣工、延長138m、幅員4.6m
下路ワーレントラス橋
総工費105,500円(橋梁は87,699円)


大正橋04
国道標識の残骸
補助標識の地名は「大正町吾川」

平成19(2007)年に来た時には大正橋の西詰にへし折れた国道標識の残骸が残っていましたが、今夏の再訪では探しても見付けられなかったので撤去されたようです。


大正橋05
【B地点】 大正橋東詰交差点

大正橋東詰の交差点は元々は国道381号線と国道441号線のY字交差点だった所に、田野々トンネル(北側)と大正バイパス(南側)が開通した事により国道381号線と旧道が交わる十字路交差点になりました。


大正橋06
花崗岩製の親柱は4基とも健在



大正橋07
下流側の河原から見た大正橋
(開通記念絵葉書より)



大正橋08
下流側の田野々大橋から見た大正橋



大正橋09
大正橋架設工事概要





大正橋10
土佐大正駅前の旧国道381号線

駅前の商店街を迂回する大正バイパスが開通したのは北側のバイパス(田野々トンネル)より少し遅れて平成13(2000)年頃の開通です。


大正橋11
【C地点】 「国鉄 土佐大正駅」の標識
土佐大正駅は予土線が全通した昭和49年3月に開業した



大正橋12
【D地点】 吾川バス停付近

続いて大正橋西側の吾川バス停付近の旧道。こちらも集落内の生活道路という事で田野々大橋と共に手入れが行き届いています。


大正橋13
【E地点】の旧道

民家が途切れると旧道の路面状態はやや荒れてきますが通行に支障はありません。


大正橋14
【F地点】 田野々トンネル西口の新旧分岐点



大正橋15
大正橋周辺地図



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