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粟井坂トンネル01
粟井坂トンネル周辺
(昭和22年撮影空中写真より)

予讃線の伊予北条~松山間は大正14(1925)年7月に着工、1年9ヶ月後の昭和2(1927)年4月に開業しています。同区間は粟井坂(光洋台~堀江)の他は平坦路だった事から建設工事は容易に進められると見込まれていました。しかしながら翌年の夏に唯一の難所と目されていた粟井坂の「粟井坂南口トンネル(L=60m)」にて豪雨による崩落事故が発生した為、このトンネルを未完のまま放棄するルート変更が行われました。このルート変更には山側に新トンネルを掘削する案と海側に海岸を埋め立てて崩落したトンネルを迂回する案が比較検討され、工期の都合から後者が採用されたとの事です。以上の経緯は愛媛県立図書館に所蔵されている「愛媛の国鉄50年の歩み」に詳細が記されています。

地図

粟井坂トンネル02
粟井坂トンネル 松山側坑口

当初の予定では粟井坂には2つのトンネルが予定されていました。海側へのルート変更の際には新線への取付けの問題で粟井坂トンネルの放棄も検討されたそうですけど、「トンネルを曲線にすることにより線路敷設が可能となる」 という事で放棄を免れています。曲線への設計変更がトンネル工事がどこまで進んだタイミングで行われたのかは不明ですが、まだ導坑が貫通しただけの状態だった(だから曲線に変更できた)のではないかと。


粟井坂トンネル03
粟井坂南口トンネル北側坑口跡

旧線は粟井坂トンネルを抜けるとすぐに現在線から山側に分かれて粟井坂南口トンネルに入っていたと思われますが、導坑の坑口はもちろん路盤の痕跡すら皆無でした。新線建設時に埋められてしまったのでしょう。


粟井坂トンネル04
【A地点】 旧国道196号線からトンネル跡(北口)を見る

旧国道196号線(現在は県道347号・平田北条線)に下りて少し離れた場所から予讃線を見ると、粟井坂南口トンネルが貫いていたであろう山が明らかになりました。この山だとちょうど現在線のカーブの内側に位置しており、60m程度のトンネルで抜けられそうです。


粟井坂トンネル05
【B地点】 旧国道196号線からトンネル跡(南口)を見る



粟井坂トンネル06
【B地点】から【D地点】を見る

さらに南口の擬定地【B地点】から松山方面【D地点】を見ると、いかにも「線路を付け替えました」と言った感じの現在線の
S字カーブを確認できました。未成の旧線は赤点線のように現在線よりも自然なカーブを描いていたはずです。


粟井坂トンネル07
【C地点】 粟井坂南口トンネル南側坑口跡

最後に南側坑口の擬定地も捜索してみましたが薮に覆われた斜面が広がっているばかりで、未成に終わったトンネルの遺構は一切発見する事はできませんでした。残念。


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