浦賀駅01
湘南電鉄 浦賀駅
(戦前絵葉書)

浦賀駅の歴史は昭和5(1930)年に湘南電鉄によって黄金町~浦賀間を開業した事に始まります。翌昭和6年12月には同社により横浜~黄金町間が開業、京浜電気鉄道が既に開業していた品川~横浜間と合わせて現在の京急本線の形が出来上がりました(湘南電鉄と京浜電気鉄道は昭和16年に合併している)。
上記の昭和10年頃に撮影されたと見られる絵葉書と現状を比較する為、南武線と京急を乗り継いで浦賀駅まで行って来ました。


浦賀駅02
平沼駅跡

昭和6(1931)年に開業した横浜~黄金町には当初は横浜駅から0.7km、戸部駅から0.5kmの地点に平沼駅が置かれていました。隣駅との距離が短かった為か戦時中の昭和18(1943)年に休止され翌19年には正式に廃駅となっています。廃止から70年経った今でもプラットホームが現存しているのは、高架橋と一体になっている構造のため容易に撤去できない事が原因だそうです。


浦賀駅03
19号トンネルから20号トンネル(逸見~汐入間)

横浜~浦賀間の京急本線は海岸線に丘陵が複雑に入り組んだ横須賀市(日本一トンネルが多い街とも言われてる)を通っている為トンネルが多く、33kmの区間に大小23ヶ所ものトンネルがあります。


浦賀駅04
堀之内駅から浦賀、久里浜方面を見る

京急本線から久里浜線が分岐する堀之内駅。快特や特急は殆どが本線ではなく久里浜線(昭和17年に堀之内~久里浜間が開業)の三崎口へ向かって行く為、実質的には浦賀への本線の方が支線であるかのような扱いです。


浦賀駅06
浦賀駅に到着した普通列車

当初は久里浜、三崎口方面へは浦賀から南に延伸する計画(下の地図に青点線で記載)でしたが、戦時中の物資、労働力の不足からトンネルを掘削せずに済む現在の久里浜線ルート(新大津、北久里浜経由)に改められました。


浦賀駅05
堀之内~久里浜周辺地図





浦賀駅07
現在の浦賀駅前

絵葉書の撮影地探しは目印にしていたプレートガーター橋が無くなっていたため多少の混乱がありましたが、駅の位置と背後の山の見え具合から判断するに西側の駅前道路(現在の県道208号浦賀港線)から撮影された物のようです。プレートガーター橋が撤去されていたのは元々この橋は本線ではなく、駅から久里浜方面に伸びていた引込線の一部だったらしく引込線の廃止によって撤去されたという訳です。過去の空中写真を比較してみると、このプレートガーター橋は昭和46年から52年までの間に無くなっている事が確認できます。


浦賀駅01
戦前の浦賀駅前





浦賀駅08
浦賀駅から現在は駐輪場になっている引込線跡地を見る
戦前はここから久里浜へ延伸する計画だった





浦賀駅09
チャーシューメン(800円)

帰りは川崎に寄って九州ラーメン総選挙で第1位を獲得した事がある「暖暮」でチャーシューメンを食べて帰りました。さすがに有名店だけあって美味かったですよ。


浦賀駅10
ラーメン暖暮 川崎仲見世通店
神奈川県川崎市川崎区砂子2-2-5

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