大正8年に施行された旧道路法では、全国全ての市町村に道路元標を設置する事が義務付けられていました。道路元標の設置場所はそれぞれの市町村役場前、あるいは主要な施設や交差点と定められており、元標の設置された場所が正に市町村内の道路交通の中心だったのです。
旧道路法は昭和27年に廃止となり、それに代わって施行された現行の道路法では道路元標の設置は義務付けられていなかった為、道路元標の存在意義は薄れ、道路拡幅などによって次々と失われました。
愛媛県内では、この旧道路法に基づく道路元標の残存例をweb上で見掛けた事がなかったので、県内296ヶ所の元標の設置場所が記されている大正9年発行の愛媛県報を基に調査を実施しました。


妻鳥村道路元標1
妻鳥村道路元標

これまでwebでも話題に上らなかっただけあって愛媛県の道路元標は残存率が悪く、25ヶ所目にしてようやく1基目を発見しました。宇摩郡妻鳥村の道路元標です。妻鳥村は昭和29年に川之江町、上分町、金生町、川滝村、金田村と合併し川之江市の一部になっています。


妻鳥村道路元標2
三皇神社前

県報に記されている通り「字六反地三皇神社前」に設置されていました。設置場所が主要交通路から外れている市道だった事が残っていた原因かも?


妻鳥村道路元標3
三皇神社

案内看板によると三皇神社は日本武尊、仲哀天皇、応神天皇、仁徳天皇を祭神とする1300年以上の歴史を誇る由緒ある神社との事です。この日は七五三の家族連れが何組か訪れていました。



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泉村道路元標1
泉村道路元標

2基目は南予の北宇和郡泉村。妻鳥村と纏めて書いてますが、113ヶ所回ってやっと2基目の発見です。あまりの残存率の悪さに1度の挫折を挟みました。途中、愛媛には妻鳥村しか元標が無かったのではないかなどと疑ったりしましたが、東予に続いて南予でも道路元標が発見された事は大きな意味があるような気がします。この後、捜索済の元標は計201ヶ所に達しましたが妻鳥、泉以外は見付かっていません。ここに県報の内容を上げとくので興味のある方は探してみて下さい。


泉村道路元標2

妻鳥村元標には無かった特徴として泉村の元標側面には「昭和三年八月」と刻まれている事が挙げられます。告示が出てから設置まで10年近くかかった事になり、大正期の内に合併により消滅した自治体は、道路元標が未設置のままだったのではないかと考えられます。
泉村は昭和30年に近永町、三島村、好藤村、愛治村と合併して広見町になりました。


泉村道路元標3
旧国道320号線

泉村の道路元標設置場所は「大字興野々字芳郡道ト村道ノ分岐点」。郡道は県道を経て昭和45年に国道320号線に昇格し、岩谷トンネルの開通(昭和56年)によって旧道になっています。



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コメント
この記事へのコメント
ここでの情報を見つけ9月4~5日と、妻鳥村、泉村、三島村と回ってきました。しかし全く現存情報が無かった愛媛県下で200ヶ所以上を回られたとは凄い執念ですね。私なんぞは徳島県下をザーツと流してここには残ってないぞと諦めてしまった口ですから、反省すべきです。
2009/09/10(木) 16:14 | URL | cancan #0FtB7ubA[ 編集]
はじめまして。cancanさんのサイトは元標探しを始める時に勉強させて頂いた事があります。
私が探せるのは地元の県内ぐらいですが、最後まで探せばもう1~2基ぐらいは出てくる可能性もあると思うので根気よく探してみます。
2009/09/12(土) 23:43 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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