五日市鉄道26
拝島駅から西側(武蔵五日市方面)を見る

前回は五日市鉄道の内、昭和5(1930)年に開業したものの、僅か14年で戦時中の不要不急線として廃止された立川~拝島間を紹介しました。
今回は五日市線として残った拝島以西の現役区間と、昭和57年に廃止になった同線の末端部だった武蔵五日市~武蔵岩井間の廃線跡をご紹介。


五日市鉄道27
五日市線・多摩川橋梁
(熊川~東秋留間)

拝島駅を出た五日市線は熊川駅を経て多摩川橋梁にて多摩川を渡ります。五日市鉄道の拝島~武蔵五日市~武蔵岩井は大正14(1925)年に開業している事から大正時代の橋梁を期待していましたが、橋脚やコンクリートの桁の状態を見るに近年に架け替えられた事は明らかでした。


五日市鉄道42
昭和49年と54年の多摩川橋梁を比較

現・多摩川橋梁の架設年はweb検索だけでは判明しませんでしたが、空中写真を見比べてみると昭和49年には見えないトラスの影が昭和54年にははっきりと写っているので、この間に架け換えが実施されたと見て間違いありません。


五日市鉄道28
都道166号線・昭和橋
(熊川~東秋留間)

五日市線の掘り割りに架かる都道166号線(瑞穂あきる野八王子線)の昭和橋は昭和12(1937)年竣工。五日市鉄道時代の貴重な物件です。


五日市鉄道29
親柱は4基とも現存
「せうわはし」、「昭和十二年三月成」



五日市鉄道30
昭和橋から武蔵五日市方面を見る



五日市鉄道31
東秋留駅



五日市鉄道32
秋川駅

あきる野市(旧秋川市)の中心駅である秋川駅は大正14(1925)年の開業以来、昭和62(1987)年まで隣の東秋留駅と対となる西秋留駅を名乗っていました。


五日市鉄道34
【A地点】 旧三内信号所

五日市線の終点、武蔵五日市駅は平成8(1996)年に高架化が完成、高架区間の起点には武蔵岩井駅へ向かう岩井支線が分岐する三内信号所がありました。太平洋セメントの貨物を主体に扱っていた岩井支線は昭和46年に大久野~武蔵岩井間が廃止され、昭和57年には残る武蔵五日市~大久野間が廃止となっています。
分岐点だった三内信号所付近の支線跡は本線高架化の際に一部が活用されており、高架起点の現本線上にはかつては岩井支線が敷かれていました。


五日市鉄道33
岩井支線地図



五日市鉄道35
【B地点】 都道31号線と岩井支線跡(右側)

都道31号線(青梅あきる野線)との並行区間には道路に並行して所々に築堤が残っているようですが、廃止から既に30年以上経過しており鉄道らしい雰囲気はあまり残っていません。


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【C地点】 都道31号線との踏切跡
岩井支線は黄色い建物(ラーメン屋)の敷地を通っていた



五日市鉄道37
【D地点】 (廃)大久野駅前

大久野駅は昭和46(1971)年に大久野~武蔵岩井間が廃止となった後は、昭和57年までの11年間は岩井支線の終着駅でした。駅跡は屋根付きのゲートボール場に転用されています。


五日市鉄道38
【E地点】 ここからは道路等への転用を免れた廃線跡が姿を見せる



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【F地点】 太平洋セメント構内専用線(左)との分岐点跡



五日市鉄道40
【G地点】 武蔵岩井駅跡(奥が拝島方面)

武蔵岩井駅の跡地は太平洋セメントの駐車場に転用され、駐輪場にはホームの一部が残っていました。駅跡は同社の敷地内なので立入には詰所で許可を取った方が良いでしょう。


五日市鉄道41
武蔵岩井駅と都道を結んでいた新旧の岩井橋
(新橋は昭和44年架設)



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