中津大橋1
国道33号線から見た(現)中津大橋

寺村橋に続いて失われた名橋・中津大橋を紹介します。
中津大橋は面河川に架かる愛媛県道210号線(美川川内線)の橋で、国道33号線を走っていると一瞬ですが現橋(昭和39年3月完成、L=76.3m、W=5.5m)の立派なアーチが視界に入ります。子供の頃から「旧橋がある(あった)だろうな」と思ってたので、ある日、思い立って県道に下りてみる事にしました。


中津大橋2
愛媛県道210号線

県道210号線に入るといきなり「東温市(川内)方面へは通り抜けできません」と書いた標識が建っています。確かにそれはその通りなんですが県道210号は愛媛県道で唯一2ヶ所の不通区間を持つ県道で、ここから約9km進むと早くも最初の不通区間になる為、東温市どころか同じ旧美川村内の七鳥地区へさえ通り抜ける事は出来ません(2箇所とも林道で一応は迂回可能)。
写真の奥が(現)中津大橋西詰で、橋の袂から「旧道らしき道」が分岐しています。仮にこの道が旧道だったとしても旧橋に桁が残っていない事は、ここからでもはっきり分かりました。


中津大橋3
旧県道210号線

「旧道らしき道」を下って行くと消防倉庫みたいな建物を終点に行き止まりになりました。旧道じゃなかったのかな?と思っていると…。


中津大橋4
旧中津大橋親柱

建物の両脇に親柱が残ってました。2基とも銘板も残っていて、残存状態はなかなか良好です。奥には欄干の一部も残ってます。


中津大橋5
旧中津大橋跡

建物の裏側に回ってみるとそこには驚きの光景が!
対岸の橋台手前に大きな橋脚が倒壊しており、その残骸が川原に散乱していました。愛媛県では不要になった橋構造物の撤去は念入りに行われる事が多いので珍しい光景です。橋脚の風化具合から見て倒れてから、それなりの時間が経過しているように思われます。


中津大橋6
橋脚の基礎部分

橋脚は二基あったようで、もう一方は基礎部分のみ残ってるのが確認出来ます。
では、現橋を渡って東側にも行ってみましょう。


中津大橋7
新旧の中津大橋

国道33号から撮影した中津大橋。新旧の橋の位置関係はだいたいこんな感じになってます。
昭和30年までは面河川が弘形村と中津村(共に旧美川村)の境界になっていて、橋を渡って300mほどの所に中津村の役場が置かれていました。


中津大橋8
東側旧道入口

この道に車で入るとバックで戻って来なければならなくなります。何度も切り返せばUターン出来なくもないですが、距離が短いので歩いて行った方が無難かも。


中津大橋9
旧中津大橋東詰

東側にも親柱と欄干が残ってました。親柱の間の路面は畳一畳分ぐらいの小さな耕作地として利用されていて、いかにも農村らしく良い雰囲気です。対岸に見える白い建物が西詰で、その下に橋台が確認できます。


中津大橋10
親柱「中津大橋」



中津大橋11
親柱「大正十四年十月架設」



中津大橋12
東側から見た橋脚の残骸



中津大橋13
在りし日の中津大橋(西詰)【美川村誌より引用】

この写真によると現在残っている親柱の上に、さらに照明付きの大きなピラーが載っており、中津村への唯一の入口に相応しい非常に豪華な造りだったようです。これを見て親柱の上を調べてみましたが、撤去後にコンクリートで整形されたのか上部ピラーの痕跡は全く残っていませんでした。このピラーがいつ、いかなる理由によって撤去されたのかは不明です。
橋本体は新橋完成後すぐに撤去され、その古材(トラス部など)の一部は同村内の上谷橋(県道209号/有枝川)に再利用されました。


中津大橋14
上谷橋(昭和48年完成、L=32.9m、W=7.0m)

後日、旧中津大橋の移設先である上谷橋を訪ねてみました。
移設から9年後の昭和48年に架け替えられ、特徴の無い橋になっています。地元の人に聞いてみると、旧橋は現橋と全く同じ位置にあり、架け替えは県道を全面通行止めにして行われたとの事でした。二度目の撤去後の中津大橋の行き先は杳として知れません。


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