毛見隧道01
国道42号線・浜ノ宮交差点

和歌山市の南端に位置する毛見崎の尾根。ここには国道42号線と南海電鉄の廃線跡が通っており、明治から平成までの新旧4つの隧道が隣接して並んでいます。


毛見隧道02
毛見隧道群 和歌山側坑口

4つの隧道の内3つは国道42号線の隧道です。西側から順に大正14年開通の毛見隧道(旧国道、北向きの一方通行)、昭和46年開通の新毛見トンネル(北行き車線)、平成6年開通の新毛見トンネル(南行き車線)の並びで、さらに東側には明治44年に開通した南海電鉄の鵬雲洞が口を開けています。


毛見隧道05

和歌山側の新旧分岐点になっている浜ノ宮交差点から旧国道を覗き込むと、さっそく古めかしい隧道が目に入ってきました。


毛見隧道06
毛見隧道 和歌山側坑口
【近代土木遺産Aランク】

旧隧道の坑門はアーチ環やスパンドレルが石造りである事は一目で分かるものの、残念ながら扁額を含む帯石以上の箇所は時節柄、葉っぱに覆い隠されてしまっています。

【毛見隧道】
大正14(1925)年竣工
延長142.0m、幅員5.2m、高さ4.5m


毛見隧道07
毛見隧道 海南側坑口

海南側は日当たりの悪さが幸いしてか、美しくも特徴的な坑門の全貌が露出していました。


毛見隧道08
海南側の扁額「乾坤純和」

乾坤純和とは漢語で「天地が和らぐ」という意味らしいです。


毛見隧道04
平成6年までの国道42号の上下線

毛見隧道は昭和46年に南行き専用の新毛見トンネル(現在は北行き専用)が開通してからは一車線での北行き専用となり、平成6年に新たな新毛見トンネルが開通すると国道指定を外れ、地元の生活道路の一部として余生を送る事になりました。

【新毛見トンネル】
昭和46(1971)年竣工
延長196.0m、幅員6.5m、高さ4.5m


毛見隧道03
新毛見トンネル 和歌山側坑口

一番新しい平成の新毛見トンネルは昭和46年以降、毛見隧道を使用していた国道42号線の北行き車線が1車線分しか幅員を確保出来なかった事から、上下4車線に拡幅(毛見拡幅事業)する為に建設されたトンネルです。

【新毛見トンネル】
平成6(1994)年竣工
延長222.0m、幅員6.5m、高さ4.5m


毛見隧道地図
毛見隧道周辺地図



毛見隧道09
鵬雲洞 和歌山側坑口
【近代土木遺産Cランク】

毛見の隧道群の中で最も古いのが南海電鉄の前身である和歌山水力電気が明治44年に開通させた鵬雲洞(毛見トンネル)です。南海電鉄海南線は和歌山市駅から旭橋、鵬雲洞を経て海南駅前までを軌道線で結んでいました。海南線が昭和46(1971)年にが廃止となった後は鵬雲洞周辺の跡地は紀三井寺緑道という名の遊歩道として整備され現在に至っています。楯状迫石に煉瓦坑門という明治鉄道トンネルの典型的な構造の一つですが、隧道断面が微妙な広さを有しているのは複線トンネル(それにしては狭く見えますが…)だった為です。

【鵬雲洞(ほううんどう)】
明治44(1911)年竣工
延長約200m


毛見隧道18
「鵬雲洞」の扁額



毛見隧道10
鵬雲洞内部。塞がれた待避所が確認できる。



毛見隧道11
鵬雲洞 海南側坑口



毛見隧道12
戦前の鵬雲洞 海南側坑口
【浜の宮~琴の浦間】



毛見隧道13
戦前の旭橋(奥が海南側)
【旭橋~紀三井寺間】

和歌川の河口に架かる和歌山軌道線と国道42号線の旭橋。開通当初の和歌山軌道線は上流側に複線の専用橋梁を架けていましたが、昭和18年に現在の橋に架け替えられ道路との併用橋となりました。


毛見隧道14
現在の旭橋(奥が和歌山側)

現在の旭橋は昭和18年竣工の古橋ながら中央部分が複線の軌道敷きとして建設されていた為、幅が広く機動撤去後は上下4車線+右折レーンの計5車線分が確保されています。


毛見隧道15
扇の芝より和歌山城(戦前絵葉書)
【県庁前~真砂間】


毛見隧道16
現在の県庁前交差点より和歌山城

和歌山市街の中心部は昭和20(1945)年7月9日の和歌山大空襲により壊滅的な被害を受け、和歌山城天守(1850年建設)もこの時に焼失しています。現在の天守は昭和33年に鉄筋コンクリートで復元されたものです。


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