寺村橋1
国道33号線 寺村橋東詰

国道33号線の越智町~仁淀川町境(仁淀川)に架かる寺村橋。
現在の橋は昭和33年5月に架けられた長さ108mのトラス橋で築50年以上経過しています。橋の手前から左に分岐しているのが旧道で、旧寺村橋は現橋の少し上流に架かっていました。


寺村橋2
旧寺村橋東詰

旧寺村橋は大正9年6月に完成した吊橋で、新橋の完成と共に主桁が撤去され廃橋となりました。
両側それぞれに橋の一部分が残存していて、越知側には親柱を始め橋桁の一部が残っており往時の雰囲気が色濃く感じられます。この桁は普段は駐車場として利用されているみたいで、まだまだ車を載せられるだけの耐久力があるのでしょう。


寺村橋3
新旧の寺村橋

こうして見ると旧橋にも桁が残っているように見えません?寺村橋はこの位置から見るのが一番好きです。


寺村橋4
現橋から見た旧橋。欄干も凝った造りをしています。



寺村橋5
寺村隧道 高知側坑口

現橋を渡った国道はそのまま寺村隧道(昭和41年3月竣工、L=572m)へと突入します。寺村橋と寺村隧道の竣工年には8年もの差があるので、現寺村橋の完成から後8年間は隧道手前の小道が暫定的に国道の役割を果たしていたんでしょう。


寺村橋6
仁淀川町側の旧道(奥が高知側)

仁淀川町側の旧道は現在も寺村、岩戸、蕨谷などの各集落への生活道になっている為、そこそこ車の出入りがあります。ブーンの右側が旧寺村橋の西詰です。


寺村橋7
寺村橋西詰

仁淀川町側には民家の隙間に吊橋の重要な構造物である主塔が残っていました。元々は対岸の越知側にも主塔があったはずですが現在は失われています。


寺村橋8
寺村橋の扁額

旧寺村橋最大の見所と言いえるのが、主塔に掲げられたこの扁額です。非常に凝った造りの額に達筆で「て羅むらはし 大正九年六月架換」(右書き)と刻まれています。どういう意図があるのか知りませんが「て羅むらはし」が良い味を出してるじゃありませんか。
あと、竣工では無く架換という事なんでさらに旧橋があったようです。国道33号線は四国新道(現国道32号+33号)の一部として古くから整備が進められ明治27年に全通しているので、この時に初代の橋が架けられたものと考えられます。ちなみに旧橋が架けられた大正9年に四国新道(松山~高知間)は県道松山高知線に認定されています。


寺村橋9
旧寺村橋

竣工間もない頃の寺村橋の様子。向かって左側(仁淀川町側)の主塔と、右側(越知側)の橋脚と桁が現存しています。この写真には失われた越知側の主塔も写っており、仁淀川町側と同型の頑強そうな造りである事がわかります。


寺村橋10
上の写真とほぼ同じ位置から撮った現寺村橋



寺村橋11
寺村隧道旧道(奥が高知側)

寺村の集落を抜けると旧道は未舗装になります。走り難い路面ではありませんが、砂埃で車が汚れるのであまりオススメできません。仁淀川に沿って1.5kmほど走ると寺村隧道西口で現道に合流します。


寺村橋12
寺村隧道 松山側坑口



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2010/03/16(火) 14:46 | | #[ 編集]
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