身延橋01
昭和初期頃の身延駅と身延橋

昭和初期の撮影と思われる「富士身延線丸瀧隧道附近」という題の絵葉書。この中には大正9(1920)年に開業した富士身延鉄道(昭和16年国有化)の身延駅と大正12年竣工の身延橋、大正11年竣工の大野隧道(共に現在の県道9号線)が写っています。今回はこの一枚の絵葉書を片手に身延を訪問しました。


身延橋02
現在の身延駅

出来れば上の絵葉書と同じ構図で写真を撮りたかったのですが、山手には容易に登れるような道は見当たらなかったので駅裏の法面上からの撮影に留めました。駅の向こう側には吊橋から架け替えられた現在の身延橋(ワーレントラス)の一部が見えています。


身延橋03
身延駅舎

現在の駅舎は昭和55(1980)年に建て替えられた二代目の駅舎です。駅前からは久遠寺本堂行き等のバスが発着しています。この日は久遠寺のシダレザクラのシーズンだった事もあって身延線から乗り継ぐ乗客で大盛況でした。


身延橋04
身延駅構内

入場券(140円)を購入してホームに入ると「身延線3月17日全線開通」と書いたが立ち並んでいました。身延線は80年以上も前の昭和3(1928)年3月30日に既に甲府まで全線開通しているので、この時は「3月17日全線開通」が何の事を指しているのか分りませんでしたが、帰宅後に検索してみると去年(2011年)の台風15号による災害で9月22日から西富士宮~甲府間が不通となり、最後まで不通区間として残っていた内船~身延間が3月17日になってようやく開通して全復旧となったらしいです。


身延橋06
身延橋東詰

駅前から県道10号線(富士川身延線)のしょうにん通り商店街を富士川に沿って300mほど遡ると富士川を久遠寺方面に渡る身延橋に辿り着きます。現在の橋は昭和47(1972)年に完成した築40年目を迎える下路ワーレントラス橋です。


身延橋08
旧身延橋

身延橋の架橋以前は身延駅から富士川対岸の身延市街地、久遠寺への交通路は旧来の渡し船しかなく、夜間や荒天時には度々運休となる為、この不便を解消し身延駅の利便向上を図るべく富士身延鉄道が架設したのが完成当時、東洋一の吊橋と呼ばれた旧身延橋です。完成後の旧身延橋は富士身延鉄道が運営する有料道路という事で通行料(自動車30銭、馬車15銭、人10銭)が徴収されましたが、地元住民は配布された通行証を提示する事で無料で通行できました。この状況は富士身延鉄道が国有化される昭和16(1941)年まで18年間続き、鉄道線の国有化に際して身延橋は山梨県道となり通行料も廃止となっています。昭和30年代後半になると旧橋の老朽化が目立ち始め、増大し続ける交通量には対応できなくなった事から昭和47年に現在の身延橋に架け替えられ、旧橋は跡形もなく撤去されてしまいました。

(旧)身延橋:大正12(1923)年竣工、延長237m、幅員4.5m
(新)身延橋:昭和47(1972)年竣工、延長233m、幅員10.5m


身延橋07
旧橋のすぐ下流側に架けられた現在の身延橋
(上の写真とほぼ同位置から撮影)



身延橋10

身延橋を渡った県道9号線は県道813号線(光小沢大野線)との交差点を過ぎると旧身延橋開通の前年である大正11(1922)年に完成していた大野隧道に接続しています。今では共に県道9号線の身延橋と大野トンネルですが、由来は異なっていて、身延橋が富士身延鉄道の私道として建設されたのに対し、大野隧道は現在の国道52号線の前身である県道甲府靜岡線(大正9年認定)の改修の一環として掘削されています。当時の県道甲府靜岡線は身延町の波木井から大野山の尾根を東に回り込み富士川沿いに出て、清子、光小沢を経由して南部町の中野に至る経路(現在の県道813号線、一部は廃道)を取っていましたが、昭和7(1932)年に榧ノ木隧道が開通した事によって大野隧道を通らない現在の道筋に改められました。その後、県道甲府靜岡線は昭和28年に2級国道清水上田線に指定され、一級国道52号線への昇格を経て昭和40年に現在の一般国道52号線となっています。

当時の地形図


身延橋09
大野隧道 大野側坑口

山梨県内の道路隧道としては最古級の大野隧道ですが、こちらも昭和49(1974)年に新トンネルが開通しており、現在は歩道トンネルとして活用されています。歩道化に伴い全面的な改修が施されたらしく、残念ながら大正隧道の面影は微塵も残っていませんでした。なお、身延町誌には本隧道についての記載があり

「それまでは富士川に突出した柏坂を迂回して、通称「カマ」と呼ばれる難所をどうしても通らなければならなかった。大正10年4月22日、神奈川県の参詣客の乗った馬車がここから富士川へ転落し、一行6名が重軽傷を負うという惨事が起きるなど通行人におそれられていた。」

と記されている事から、隧道開通以前から川沿いの馬車道が通れるほどの道が存在していたようです。


身延橋13
現役時代の大野隧道(身延町誌より)



身延橋11
大野トンネル 波木井側坑口
左に分かれているのが旧隧道への旧道

大野隧道  :大正11(1922)年竣工、延長102.8m、幅員4.6m、高さ4.0m
大野トンネル:昭和49(1974)年竣工、延長198.0m、幅員8.5m、高さ4.5m


身延橋12
大野隧道 波木井側坑口



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