荻隧道01
高知県道23号線(須崎仁ノ線) 荻岬の切通し

文庫の鼻とは仁淀川を挟んだ対岸にもかつては岬を貫く小さな隧道がありました。以前(7年も前)にマフ巻氏と訪れた事があるのですが、近くまで来たのでせっかくだから再訪しました。萩の茶屋という食堂の駐車場になっている所が隧道へと続く旧道跡です。

地図


荻隧道02

坑口前は送迎バスの車庫と化しているので分りにくいですが、よく見るとコンクリート製の坑門上部(笠石、パラペット)を確認する事ができます。


荻隧道03
荻崎隧道 須崎側坑口

運良くバスが出払っているとコンクリートで塞がれた坑口跡が見られます。気になる隧道の廃止年は昭和50年の航空写真で既に切り通しの新道が開通しているので、昭和48年~49年頃と想像します。また、廃止後数年間は塞がれることなく開口していたらしいです。

【荻崎隧道】
昭和14年竣工
延長42.5m、幅員4.0m、高さ4.7m


荻隧道04
仁ノ側の旧道分岐

こちら側は不法投棄防止のため立ち入り禁止になっており、のっけから廃道状態です。


荻隧道05
薮地と化した仁ノ側の旧道跡地。



荻隧道06

あまりの薮の深さのため最接近するまで気付けませんでしたが、ちょうどこの真正面に坑口がありました。


荻隧道07
荻崎隧道 仁ノ側坑口

やはりコンクリートで塞がれていた仁ノ側の坑口、須崎側では確認できなかった扁額が目を引きます。よく見るとこの扁額は笠石に相当する部分に設置されているちょっと珍しい構造です。


荻隧道08
荻崎隧道の扁額



荻隧道09
荻崎隧道 昭和十四年九月竣工

荻崎隧道が開通した昭和14年当時は荻岬が高岡郡内の宇佐町と新居村(現在は共に土佐市)の境界となっており、当隧道の開通によって宇佐町は初めて外界と車道で結ばれる事となります。当時は宇佐町の為だけに存在した隧道でしたが、昭和31年に浦の内隧道の開通によって須崎市に通じ、昭和50年前後に仁淀川河口大橋と浦戸大橋が相次いで開通すると高知市街をパスする東西幹線「黒潮ライン」の一部に組み込まれる事となり、宇佐町に初めて車道を導いた荻崎隧道もこの時期に役目を終える事となりました。


荻崎隧道10
荻崎隧道から仁ノ方面を見る



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