和田峠地図01

長野県内の小県郡長和町と諏訪郡下諏訪町の境界に位置する和田峠。標高は1531mに達し特に冬季間の交通は深雪に閉ざされ困難を極めた為、古来より中山道最大の難所と呼ばれました。明治時代に旧中山道に代わる新道が開通して馬車の通行が可能となり、昭和に入るとこの明治新道の大部分を下敷きにした大規模な改修が行われ、峠直下の旧和田峠トンネルも昭和7(1932)年9月に竣工しています。翌昭和8年からは和田峠を越えて上田丸子電鉄の丸子町駅と国鉄下諏訪駅を結ぶ省営バスも開業し峠の往来は活況を呈しました。昭和53年10月には峠をバイパスする新和田トンネル有料道路(L=4.6㎞)が開通した為、峠越えの旧道は専らビーナスラインへのアクセス道として、あるいは新道の料金徴収を嫌うドライバーに利用されてます。


和田峠01
【A地点】 男女倉口

長和町側の旧道分岐点である男女倉口。青看の表示では新道が有料道路であるため新旧道共に国道142号表記になっていますが、旧道の方は行先も表示されていないばかりか、矢印さえも消されているというぞんざいな扱いを受けています。
新旧道のデータを比較してみると

旧道:【延長】9.5km 【平均勾配】長和側6.4%、下諏訪側7.0% 【最高標高】1517m
新道:【延長】6.3km 【平均勾配】長和側7.2%、下諏訪側4.0% 【最高標高】1388m

となっており、新道の通行料金である普通車600円、大型車(Ⅰ)1000円、大型車(Ⅱ)1650円が高いか安いかについては意見が分かれる所でしょう。ちなみに、ここで10分ぐらい車の流れを観ていた結果、約8割程度の車が新道に流れているような感じでした。


和田峠02
【A地点】 新旧分岐点

新道の観音橋手前から旧道が分岐します。ここには先の行先が無い青看の代わりに、新旧道の周辺道路を纏めた看板が建っていますが、あまり目立たない上に見易いとは言えないので走行中に内容を把握する事は困難でしょう。


和田峠03
【B地点】 「これより和田峠」の看板

旧道に入るとすぐに最初のヘアピンカーブが現れ本格的な峠道が始まります。また、ここからは和田峠に向かう旧中山道(歴史の道)と男女倉川に沿う旧県道155号線(男女倉長門線)の分岐点になっています。


和田峠04
【B地点】 旧中山道・和田峠登山口

旧中山道は和田川に沿った旧国道と並行するルートですが、明治新道である旧国道が勾配を抑える為にヘアピンカーブを多用しているのとは対照的に最短距離で和田峠を目指しています。


和田峠05
【B地点】 旧県道155号線

長野県道155号線の内、起点(【B地点】)から男女倉バス停付近の約2㎞の区間は、隣接して新国道が建設された為、起点を新和田トンネル有料道路の料金所付近に付替えた上で県道指定から外されました。写真の橋は和田川に架かる旧県道の橋で、銘板が欠損していたので橋名、竣工年共に分かりませんでしたが、すぐ下流には新国道の「観音橋」が架かっており、国道の橋は旧県道の橋名を引き継いだものなのかもしれません。


和田峠06

前述の通り新道が有料道路である都合上、旧道も国道指定が継続しているので維持管理は十分に行き届き、道幅もセンターラインこそありませんが、普通車同士なら余裕ですれ違えるほど広々としています。ただし、通行料金をケチるのは普通車ばかりではなく大型車(むしろ割合から考えると大型車の方が多い?)も昼夜を問わず結構いて、見通しの悪いカーブからいきなり大型トレーラーなどが出て来たりする事もあるので注意が必要です。


和田峠07

【B地点】と【C地点】の中間付近には青看が建っており「↑下諏訪23㎞、和田峠7㎞」と書かれていました。和田峠の旧道は全体でも9.5㎞なので、長和町側の方が大半を占めているという計算になります。


和田峠08
【C地点】 第2ヘアピンカーブ



和田峠09
【D地点】

この辺りはカーブ、勾配共に緩やかで特に難所という印象は受けませんが、路肩には「転落事故多発地点」と書かれた現道時代からの遺物らしき標識(下の写真)が残っていました。


和田峠10



和田峠11
【E地点】 接待

旧中山道に近接する峠道の道中には江戸時代の接待小屋が復元されています(内部の写真)。接待小屋とは正式には施行所と言い、中山道の中でも宿場間の距離が長く特に難所であった碓氷峠と和田峠に設けられた避難小屋の一種で、11月~3月までの間に峠を越える旅人には粥と焚火を、牛馬には年中小桶一杯の煮麦を施工したと言われており、文政11(1828)年から明治3(1870)年まで続けられました。


和田峠12
【F地点】 第4ヘアピンカーブ



和田峠13
【G地点】 東餅屋

峠からほど近い東餅屋では旧道区間で唯一のドライブインが営業していました。この店は力餅が名物だそうで惹かれる物はあったのですが、ちょうど昼食後だったので今回は見送る事にしました。ちなみに東餅屋と言う一風変わった地名は、この地で5件の茶屋が名物の餅を売っていた事に由来するそうです(現在の力餅との関連は不明)。寛永年間(1624年~1643年)に開業したと言われるこれらの茶屋も戦前までには全て廃業し、今では跡地に石垣が残るのみとなっています。


和田峠14
【H地点】 ビーナスライン分岐(奥が長和側)

旧霧ヶ峰有料道路(ビーナスライン)である県道194号線(霧ヶ峰東餅屋線)との分岐点。和田峠はビーナスラインが結ぶ美ヶ原と霧ヶ峰の中間付近に位置している事から、旧国道も上田、諏訪方面からビーナスラインへのアクセス路として重要な位置付けになっているという訳です。


和田峠15
【H地点】から和田峠トンネルを見る

ビーナスラインとの分岐を過ぎるとついに峠の和田峠トンネルが視界に入ります。手前の跨道橋はビーナスラインの「峠橋」、昭和44年8月の竣工です。


和田峠16
和田峠トンネル 長和側坑口
【近代土木遺産Cランク】

和田峠トンネルの延長は約300m。幅員は5.0mと狭く大型車同士の離合は出来ない為、信号による交互通行になっています。坑門に関してはこちら側には扁額もなく昭和7年竣工の古隧道ながら全く飾り気の無い構造ですが、「和田嶺隧道」の名前で近代土木遺産に指定されてます。


和田峠17
和田峠トンネル内部

下諏訪側は後編に続きます。


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