横須賀隧道めぐり01
追浜駅 浦賀行列車

7/30(土)にオブガールことトリさんご案内の「横須賀隧道めぐりツアー」に長女と二人で参加してきました。自身初訪問となる横須賀市の隧道ツアーという事でとても楽しみにしていたのですが、(嫁が)まさかの寝坊をしてしまい、横浜線と京急を乗り継いで追浜駅に到着したのがちょうど集合時間の9時30分という事態になってしまいました(すいません)。


横須賀隧道めぐり02
追浜駅

改札を駆け抜け集合場所に到着すると案の定というか私達が最後でした。ここでヨッキれん氏監修の「横須賀トンネルマップ」や当日の訪問地図をトリさんから直々に頂戴し、注意事項等の説明を受けて出発となります。生憎の空模様ではありますが暑いよりはマシという考え方もあり、案外「隧道日和」かもしれません。


横須賀隧道めぐり03
【A地点】 追浜東町商店街入口

ツアー一行は追浜駅から東へ進み、最初の目的地である「深浦隧道」へ向かいます。当初の予定では浦郷小学校傍の「平六隧道」という物が行程に入っていたのですが、残念ながら拡幅工事中のため通行止になっているので今回の対象からは外れる事になりました。


横須賀隧道めぐり04
深浦隧道

追浜東町を浦郷町結ぶ狭路にある深浦隧道(延長106m、幅5.8m)。現状は極めて平凡なコンクリート隧道に見えますが、これは昭和47(1972)年に行われた改修の結果によるもので、トリさんの解説によると元々の深浦隧道は地元の発展の為に明治44(1911)年に掘られた由緒正しい明治隧道なのだそうです。(隧道銘板


横須賀隧道めぐり05
深浦隧道 西側坑口

それにしても隧道ツアーの盛況ぶりを見ていると、深浦隧道の前にこれだけ多くの人が集ったのは今からちょうど100年前に行われたであろう隧道の開通式以来の事ではないかとさえ思えてきます(笑)。


横須賀隧道めぐり06
深浦隧道 東側坑口



横須賀隧道めぐり07
【B地点】 深浦隧道へ続く狭路(浦郷町内)

深浦湾の埋め立てが進んだ現在からは想像も難しいですが、隧道が掘られた頃の浦郷地区は山と海に囲まれた陸上交通には不便な土地だったそうです。


横須賀隧道めぐり08
【C地点】

この辺りでは市道に面していくつかの横穴(防空壕?)が掘られていて、今は専ら倉庫として利用されているようでした。これは大分県とか千葉県などの隧道の多い地域でよく見られる光景ですな。


横須賀隧道めぐり09
【C地点】の横穴の一つ



横須賀隧道めぐり10
榎戸隧道 北側坑口

二つめの目的地である榎戸隧道(延長46m)。広い断面と小奇麗な煉瓦風装飾で、一目見ただけでは新しいんだか古いんだかよく分らない隧道です。しかしながら、よくよく見ると扁額は右書きの年代物でポータルを覆う煉瓦貼りから要石が露出している事から古隧道である事が分ります。トリさんの解説によると昭和8(1933)年竣工との事。


横須賀隧道めぐり11
榎戸隧道扁額



横須賀隧道めぐり12
銘板

隧道内部には昭和8年当時の銘板が残っていました。ここには隧道の諸元ではなく、町長、助役、技師などの隧道建設に関わった人の名が記されていました。ちなみに町長とは当時、榎戸地区が属していた田浦町長の事で、田浦町は隧道が完成した昭和8年に横須賀市に編入されています。


横須賀隧道めぐり13
榎戸隧道 南側坑口



横須賀隧道めぐり14
【D地点】 筒井隧道への分岐点

右の道が榎戸隧道を抜けて通ってきた道で、左の狭い道が次に向かう筒井隧道への道。この鋭角の交差点を見ていると両者は新旧の関係にあるようにも見えますが現時点では未確認です。


横須賀隧道めぐり15
筒井隧道

【D地点】の交差点から200mほど歩くと、これまた煉瓦貼りの筒井隧道が見えてきました。


横須賀隧道めぐり16
筒井隧道 南側坑口

この隧道の特徴は何と言っても7m近くあると言われる背の高さが挙げられましょう。これはお察しの通り改修が行われた結果で、解説によりますと明治38(1905)年に完成していた隧道を昭和8(1933)年に取付道路の勾配を緩やかにする為、洞床を掘り下げたのだそうです。昭和8年と言えば隣の榎戸隧道の竣工年でもあるので、これらは横須賀市との合併事業の一環かと思われます。その後、再度改修が行われたらしく隧道銘板には「昭和61年3月、延長68m、幅4.1m」と記されていました。


横須賀隧道めぐり17

筒井隧道の市道は道なりに進むと【A地点】の追浜東町商店街を通って追浜駅前に抜けられる為、ショートカットとしての利用もあるのか道幅の割に交通量は多く、隧道内は先入車優先が厳守となっております。


横須賀隧道めぐり18
筒井隧道 北側坑口



横須賀隧道めぐり19

筒井隧道から梅田隧道に向かう道中に榎戸町内会館にて1回目の休憩があり、ここではトリさんが今回訪れる事が出来なかった「平六隧道」について写真を交えて説明してくれました。


横須賀隧道めぐり20
平六隧道(横須賀トンネルマップより拝借)

平六隧道とは浦郷小学校の傍から追浜駅前の国道16号線に抜ける昭和14(1939)年に完成した延長90mの歩行者専用の隧道です。特筆すべき点としては高さが1.5mほどしかなく、大人が通り抜けるには屈まざるを得なかったそうです。立地からも明らかなように完成以来、主に小学生の通学路として利用されていたらしいのであまり差し支えは無かったのかもしれませんけど。なお、拡幅が完成するのは今年の11月との事です。


横須賀隧道めぐり21

長女は今回のツアーにはメモ帳を持ってくるほど意気盛んであったのですが、(母親が)寝坊で朝食を食べ損ねたせいでここでしきりに空腹を訴え始めてしまい、見かねた女性の参加者の方が「琉球銘菓ちんすこう」を分けてくれました。この場を借りてお礼を申し上げます。


横須賀隧道めぐり22
【E地点】 梅田隧道への入口(北側新旧分岐点)

15分ほどの休憩を終えて梅田隧道へと向かいます。何でもここは生粋の旧道だそうで、本日訪問した隧道の中では一番通行量が少なかったです。


横須賀隧道めぐり23
【F地点】

旧道に入ると住宅街の片隅に何やら石碑が建っていました。実はこれ「梅田隧道」の完成記念碑なのです。通常、隧道の完成記念碑は隧道の傍に建立されているものですが、どういう訳かここでは坑口から150mほど手前に建っています。


横須賀隧道めぐり24
梅田隧道碑

今回は時間の都合で碑文を読んではいませんが、梅田隧道は明治19(1886)年に横須賀軍港が拡張された事によって渡船の交通が出来なくなってしまった為、陸上交通を確保するべく地元有志が費用を出し合って建設したそうなので、おそらくこれらの経緯と地元有志の功績を称えているのでしょう。


横須賀隧道めぐり25
梅田隧道全景



横須賀隧道めぐり26

草生している為、写真では判別できませんが梅田隧道北口の掘割には重厚な石積みが用いられていました。これはトリさんの見方では改修前の隧道の遺構である可能性も…との事でしたが、なるほど確かにそうかもしれないですね。


横須賀隧道めぐり27
梅田隧道 北側坑口

現在の梅田隧道は後年の改修によって特に見るべき点は残っていないようですが、木々に囲まれた北口は物静かでいい雰囲気です。


横須賀隧道めぐり28
梅田隧道南側坑口
明治20(1887)年竣工、延長204m



横須賀隧道めぐり29

ここで、また長女が空腹を訴え始めたので見かねた参加者の男性がパンを分けてくれました。ごめんなさい、これは親の責任です…。この場を借りてお礼を申し上げます。


横須賀隧道めぐり30
【F地点】 南側新旧分岐点

坂を下ると梅田隧道の旧道は日向隧道を抜けて来た新道と合流します。こちらは北側と違っていかにも新旧の分岐らしい線形の交差点ですな。


横須賀隧道めぐり31
日向隧道 南側坑口

日向隧道は昭和8(1933)年に開通した梅田隧道の新トンネルです。旧トンネルより低い位置の新トンネルにも関わらず延長は157mとなぜか梅田隧道より短く済んでいます。今回の行程には入ってなかったので【F地点】からズーム撮影にて。


横須賀隧道めぐり32
日向隧道(横須賀トンネルマップより拝借)



横須賀隧道めぐり33
【H地点】 国道16号線

歩いてきた市道は船越1交差点で国道16号線に合流し、ツアーもここからは現在の国道16号線に関わる隧道群がメインとなります。


横須賀隧道めぐり地図01



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/05/25(金) 17:25 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/225-50d10ece
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック