善知鳥前隧道19
【E地点】 善知鳥前隧道 浅虫側坑口

現道からは両坑門共に薮に遮られ見え難かった善知鳥前隧道。隧道名になっている「善知鳥前」とは「善知鳥崎」の根本辺りの浅虫~久栗坂境界付近を指す地名だそうです。
全国隧道リストによると昭和8年竣工、延長は現トンネルと全く同じ112.0m、幅員6.0mの大隧道です。当時としては国道に相応しい大断面をもって建造されましたが、現代の基準からすると幅員がやや不足しており、昭和40年代後半には老朽化によるクラックが顕著に見られるようになってきた為、隣接していた旧鉄道トンネルを改築して新トンネル建設の運びとなりました。


善知鳥前隧道20
扁額

坑門には初期のコンクリート坑門によく見られる長手積みとアーチ環の迫石、要石を模したデザインが線描されています。


善知鳥前隧道22
隧道内部

築78年、廃止から31年が経過した善知鳥前隧道の内部。前述の通り細かいクラックは無数に存在し、青森側の坑門付近の天井部には粘土化している箇所もありましたが、当節流行の表現方法を借りると「直ちに崩落に影響が出るほどの物ではない」ようです。


善知鳥前隧道23
青森側の坑口から青森方面を撮影



善知鳥前隧道24
善知鳥前隧道 青森側坑口

青森側の坑口はロックシェッドが接続されていますが、坑門の造りは扁額も含め浅虫側と全く同じです。竣工時には内部照明が5ヶ所あったそうですが、短い隧道であるので自動車のヘッドライトの発達に伴い不要になったのか、内部に照明が設置されていた形跡はありませんでした。


善知鳥前隧道07-2
竣工から間もない頃の青森側坑口



善知鳥前隧道25
ロックシェッドと青森側坑口



善知鳥前隧道26
青森側のフェンス

青森側の坑口には特に封鎖処置はされていませんでしたが、少し進むと旧道自体がフェンスで完全に塞がれていました。この先の旧道は生活道路となって久栗坂交差点まで続いています(前編で紹介済)。
それにしても舗装道路上だというのにとんでもない薮化ぶりですな。最近は歳のせいかこういう光景を見たら気分が悪くなってきます(笑)。


善知鳥前隧道21
【E地点】 浅虫側坑口前から浅虫方面を見る

民家が近いのでフェンス越えは自重して浅虫側に戻ってきました。浅虫側もこの先300mほど(【F地点】まで)現道に並行して旧道敷きが残ってますが、盛り土の上に薮化しているので目に見える遺構は法面ぐらいのものです。


善知鳥崎地図02



浅虫01
【F地点】 旧道分岐点から青森方面を見る

現道が4車線化する地点で旧道敷きは現道から離れ独立した線形となります。東北本線の旧線もこの辺りから国道に転用された区間から外れるはずですが、もはや何の痕跡もなく旧線の跡地は判然としませんでした。


浅虫02
【F地点】から浅虫方面を見る

海岸沿いの現道から離れた旧道は何を思ったのか4%程度の勾配で高度を上げ始めますが…。


浅虫03
【G地点】

100mも進むと空き地に辿り着きそこで行き止まりになります。この空き地は旧道を含めた広い範囲に盛り土をして造られているようで旧道敷きは完全に埋没・消失しています。そう長い旧道ではありませんが、地形の改変著しく、薮も深いことからこれ以上こちらから辿ることは断念しました。


浅虫04
【H地点】 浅虫側旧道分岐

浅虫温泉駅前から南下してきた旧道が強引に現道に接続している地点が前記廃道の浅虫側入り口になります。この場所では東北本線の旧線は向かって左側(山側)の薮地を通っていました。


浅虫05
【I地点】

こちら側の旧道も分岐から緩やかに高度を上げ100m程で盛り土によって旧線跡地共々完全に埋没しています。盛り土によって消失した区間は200m弱程度あり、この範囲内のちょうど中間辺りで旧国道と旧線は立体交差していました。旧国道がどちらの分岐からも上り勾配になっていたのは跨線橋の名残なのです。


浅虫06
在りし日の金山橋(跨線橋)

薮に埋もれた廃道と旧線に存在していた跨線橋は金山橋と言い、善知鳥前隧道を含めた国道の改良事業により昭和8年頃に開通しています。
浅虫トンネル(新線)の建設が始まり金山橋を潜る旧線が廃止を待つばかりとなった昭和41年、金山橋の名前の由来になった金山が地滑りによる大崩壊を起こし(浅虫地滑り)、東北本線と国道4号線を同時に不通にしました。この災害は相当大規模なものであったらしく復旧には国道が1ヶ月、東北本線は2ヶ月を要しています。しかし、復旧後も地滑りの兆候は収まらなかったため急遽、浅虫トンネルを予定より1週間早めて昭和42年3月10日に開通させる事態となり、数年後には国道も海岸沿いに移されたため金山橋は完全に役目を終えました。
金山橋の跡地が大きく埋め立てられているのはその後の地滑り対策によるものです。


浅虫地図
金山橋付近の空中写真(昭和50年)

昭和50年の空中写真では金山橋が既に撤去されているのが確認できます。


浅虫07
【H地点】から浅虫温泉駅方面を見る(右側が旧線跡)

旧線は浅虫温泉駅の手前で浅虫トンネルを抜けてきた新線と合流します。【H地点】から先の旧線は大部分が宅地化されていますが、新線との合流地点である浅虫川橋梁には旧線の橋台が残っていました。


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