岩泉線36
【A地点】 堺の上踏切

押角駅から1.1㎞ほど北上すると押角トンネルを目の前にして久しぶりの警報機付きの踏切が現れます。この踏切は「堺の上踏切」と言い、和井内牧場や堺ノ神岳登山へのアクセス路になっている「安庭堺の神林道」の踏切です。


岩泉線37
【A地点】 堺の上踏切から17キロポストと押角トンネルを見る

宮古市・岩泉町境の押角トンネルは茂市~岩泉間のちょうど中間地点に位置しており、昭和19年の押角駅の開業から3年後の昭和22年にトンネルを抜けてすぐ先の宇津野駅までが貨物線として延伸開業しました。終戦前後の混乱期に3㎞近い峠越えのトンネルを掘削してまで小本線を延伸させたのは、かつて岩泉町内に存在した高峰鉱山や本銅鉱山から産出する鉱石を輸送する為だったと言われています。


岩泉線38
押角トンネルと雄鹿戸隧道

地図を見てみるとさすがに元国鉄路線だけあって超ローカル線とは言え線形の優秀さは明らかで、拡幅改修すれば国道340号線の新トンネルとして転用出来そうです。岩泉線の復旧には130億円かかると言われていますが、100億あれば3㎞ぐらいの道路トンネルは造れるので、押角トンネルを拡幅して青線で表示した感じのバイパスを建設したとしても復旧費用と同額か安く上がるぐらいだと思います。いずれにしても、このまま放置しとくには勿体ないトンネルである事は間違いなく、せめて舗装してバス専用道に転用するぐらいの事はしても良いんじゃないでしょうか。


岩泉線39
押角トンネル 茂市側坑口

【押角トンネル】
昭和22(1947)年開業
延長2987m


岩泉線40
【B地点】 国道340号線

安庭堺の神林道との分岐を過ぎると国道340号線は勾配が一段と増し、「並行道路の未整備」というフレーズの真骨頂とも言うべき本格的な峠道が始まります。


岩泉線41
【C地点】

岩泉線がまっすぐ押角トンネルに突入するのに対し、国道340号は刈屋川とその支流の谷間を回り込んで標高を稼いでいます。確かに酷道ではあるかもしれないですが、交通量は少なく普通車同士なら離合できる幅員は確保されているので特に走りにくいという事はなかったです。

(青看の表示は「↑葛巻58㎞、岩泉24㎞」)


岩泉線42
雄鹿戸隧道遠望

【B地点】から約2.2㎞で雄鹿戸隧道に到着。茂市側の隧道入口は広めの駐車スペースになっていて、ここからは隧道開通以前の押角峠に向かう旧峠道(廃道)が分岐しているほか、押角峠に関する碑や標柱が数基建っていました。雄鹿戸隧道の岩泉側にはこのような駐車スペースは無いので、隧道をゆっくり観察したい人はこちら側に車を停めておくと良いでしょう。


岩泉線43
隧道開通記念碑と思われる石碑



岩泉線44
雄鹿戸隧道 茂市側坑口
【近代土木遺産Cランク】

国道340号の雄鹿戸隧道は鉄道の押角トンネルよりも古い昭和10年の竣工です。延長は580mもあり、当時の道路隧道としては全国でも五指に入る長さを誇っていました。雄鹿戸隧道と同時期に竣工した同規模の隧道としては、まず国道441号線の土屋隧道(愛媛県)が思い浮かびます。この二つの隧道は昭和50年代にはどちらも国道に昇格していますが、築70年以上経過した2012年現在でも新トンネル建設の計画もなく、国道では最近は珍しくなった戦前の現役隧道となっております。
戦前土木絵葉書ライブラリーでは竣工当時の雄鹿戸隧道の画像を多数見る事ができます。

【雄鹿戸隧道】
昭和10(1935)年竣工
延長580.0m、幅員4.5m、高さ4.5m


岩泉線45
雄鹿戸隧道の扁額

「雄鹿戸」は「おしかど」と読み現在の正式な地名である「押角」と同じで、当時の岩泉町出身の県議が古文書に記されいた「雄鹿戸」を隧道名に採用したそうです。


岩泉線46
隧道内部

洞内は竣工時からコンクリートブロックによる覆工が施されていますが、大部分がコンクリート吹付によって補修されており、中にはブロックを外して新たにコンクリートで巻き直している箇所も見られました。これらの大規模な補修は1990年代後半に行われたそうです。


岩泉線47
雄鹿戸隧道 岩泉側坑口

坑門の構造は茂市側と全く同じですが、北側に位置する岩泉側の坑口には日が射す事もなく、やや陰鬱な雰囲気を感じました。


岩泉線48
山神の碑と雄鹿戸隧道



岩泉線49
雄鹿戸隧道から岩泉方面を見る

岩泉側の雄鹿戸隧道への取付道路は急カーブと旧勾配の連続だった茂市側と比べると多少は穏やかです。小本川の支流の一つである宇津野沢沿いに下って行くと隧道から約2.2㎞で小本線の宇津野駅があった宇津野集落跡に辿り着きます。


岩泉線50
【D地点】 宇津野駅跡への入口

岩泉線が約3㎞の押角トンネルで越える押角峠を国道340号線は5.2㎞かけて峠越えをしています。押角トンネルを抜けた所が昭和22年から昭和32年までの10年間だけ小本線の終着駅だった宇津野駅の跡地です。現在、国道と駅跡の間には宇津野沢に木橋が架かっていますが、橋台の幅(オレンジ線)は木橋の倍以上あるので元々はもっとちゃんとした橋が架かっていたはずです。


雄鹿戸隧道33
宇津野駅が記されている昭和20年代の鉄道地図



岩泉線51
宇津野駅跡地
(奥に見えているのは押角トンネル)

宇津野駅の跡地は貨物専用駅らしく広大な空き地が広がっていますが、一帯は夏草に覆われ確たる駅の遺構を見付ける事はできませんでした。岩泉線を廃止に追いやった災害現場はここから約4㎞北方に位置しているおり、廃駅とは言え当駅跡地が国道に隣接する最寄の位置であった事から、災害から数ヶ月後に被災車両は現場からここまで輸送されてきて撤去されて行きました。


岩泉線52
押角トンネル 岩泉側坑口



岩泉線53
押角トンネルから宇津野駅跡地を見る



岩泉線54
【E地点】 国道340号線と岩泉線

宇津野~浅内間の開業は先に述べたとおり昭和32年の事なので、戦前に開業した最初の区間(茂市~岩手和井内:昭和17年開業)と比べると規格も向上したのかRC高架橋が多用され踏切も殆ど見掛けなくなります。


岩泉線55
【F地点】 山中を突き進む国道340号線

次回は岩手大川駅から二升石駅までをご紹介。


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