岩泉線01
岩泉線 春(JR東日本オレンジカードより)

平成22年7月31日に発生した土砂崩れによる脱線事故以来、全線運休の状態が続いていたJR岩泉線(岩手県)。この間には復旧への模索も行われていたようですが、今年(平成24年)の3月30日になってついにJRから「岩泉線の復旧を断念する」との発表がありました。


岩泉線地図01
岩泉線周辺地図
(赤線は震災による不通区間)

岩泉線はJR山田線の茂市駅(宮古市)から分岐し、龍泉洞で有名な下閉伊郡岩泉町に至る38.4㎞の路線です。昭和17(1942)年に茂市~岩手和井内間10.0㎞(今回紹介区間)が小本村(現・岩泉町小本)を目指して小本線として開業したのを皮切りに、順次延伸して昭和47(1972)年に岩泉まで開業し現在の形になりました。この時点で当初の目的地であった小本(直線距離で岩泉駅から14㎞)までの延伸は断念したのか、岩泉駅開業に合わせて路線名を小本線から岩泉線に改め、実際に岩泉駅以東の工事は行われる事なく現在に至っています。
こうして誕生した岩泉線ですが人口希薄の山間部を走る盲腸線とあって利用者は伸びず、国鉄末期の昭和57(1982)年には早くも廃止が検討される事態になりました。この時は並行道路(国道340号線)の未整備という理由で廃止を免れたものの、その後も利用者の減少には歯止めはかからず、長期運休となった平成22年の時点では全線直通の列車が1日3往復という超閑散路線と成り果てており、災害が起こらなくてもいつ廃線になってもおかしくない状況だったと言えるでしょう。
岩泉線の廃止を見越してという訳でもないですが、1000円高速が最終日だった去年の6月19日に岩泉線の駅巡りをしていたので、今回はその時の様子を紹介します。





岩泉線02
茂市駅舎

最初の目的地は旧新里村の中心駅であり、山田線から岩泉線が分岐する茂市駅です。ここに来るまで散々寄り道してきたお蔭で時刻は既に16時前になっていました。


岩泉線03
茂市駅舎内

末期の岩泉線は100円稼ぐのに800円かかると言われるほどの赤字路線でしたが、マニアからはむしろその全国屈指のローカルさを愛されていたらしく、茂市駅の駅舎内には山田線を差し置いて岩泉線の写真などが数多く展示されていました(山田線も大概ローカル線ですけど)。


岩泉線04
茂市駅構内

茂市駅は2面3線のホームを持っており、1番線が岩泉線の上下線(下りは宮古方面)、跨線橋を渡って2番・3番線を山田線が利用しています。事前の情報通り岩泉線に掲げられた時刻表には下り(岩泉方面)は【①6:18(岩手和井内行き)、②7:01(岩泉行き)、③15:40(岩泉行き)、④18:35(岩泉行き)】、上り(到着時刻)には【①6:52、②8:51、③18:12、④20:26】のそれぞれ4本ずつだけが記載されていました。これでは日中走らない岩泉線ですな。


岩泉線05

岩泉線のラインカラーはグレー。八高線と同じ色なんで八王子市民の私にはちょっと違和感がありました(笑)。


岩泉線06

跨線橋から見下ろした山田線と岩泉線の分岐点。向かって左側が山田線の盛岡方面、右側が岩泉線です。岩泉線の正式な廃止後にはどのような配線変更が行われるのでしょうか。


岩泉線07
県道115号線

茂市の駅前を通る道路は岩手県道115号(茂市停車場線)。岩泉線の駅の中で県道停車場線が設定されているのは起点の茂市駅と終点の岩泉駅だけです。ここからは岩泉線と並行し、その未整備が一度は岩泉線を救った国道340号線で岩泉線の各駅を辿って行きます。





岩泉線08
岩手刈屋駅舎

岩泉線二つめの駅は茂市起点4.3㎞の岩手刈屋駅です。近年開通した国道340号線の刈屋バイパスから見ると刈屋川を挟んだ対岸の旧道沿いに位置しています。刈屋の集落には多くの木材製材所が軒を連ねていて、その中に岩手刈屋駅のレトロな木造駅舎も建っていました。


岩泉線09
岩手刈屋駅舎内

岩泉線が廃線になると言っても運休以来、代行バスが鉄道とほぼ同じダイヤで茂市~岩泉間を1日4往復するようになり、JRは廃線後もバスの運行を継続する方針を示しているので、列車がバスに変わるだけで地元の利用者が不便を蒙るような事はほとんどないのかもしれません。事実上バスの待合所なった駅舎内で岩泉線の閑散ダイヤを見ているとそんな考えがよぎりました。


岩泉線10
岩手刈屋駅のホーム(奥が茂市方面)



岩泉線11

駅舎のホーム側に掲げられていた旧型の駅名標。白塗りされた部分は合併前の所在地である「岩手県下閉伊郡新里村」(現在は宮古市)が書かれていたスペースです。


岩泉線12
岩手刈屋駅から岩泉方面を見る



岩泉線13
刈屋踏切と旧国道340号線

岩手刈屋駅の北側で初めて見かけた岩泉線の第1種踏切(遮断機・警報機付きの踏切)は、休止線の作法なのか遮断機が取り外されていました。

地図




岩泉線14
中里駅(奥が岩泉方面)

中里駅は昭和41(1966)年に岩手刈屋駅と岩手和井内駅のちょうど中間に位置する中里集落に開設された新しい駅です。旧国道からは中里バス停を左折して坂道を100mほど上った場所ですが、2005年頃に駅のすぐ前に国道バイパス(刈屋バイパスの一部)が開通しています。


岩泉線15
中里駅の旧型駅名標



岩泉線16
中里~和井内間の国道340号線

茂市から改良された快走路が続いていた国道340号線は、中里のバイパスを過ぎると遂に「並行道路の未整備」という実態を見せ始めました。





岩泉線19
岩手和井内駅(奥が岩泉方面)

昭和17(1942)年の小本線(岩泉線)開業時は終着駅だった岩手和井内駅。この駅は茂市からちょうど10㎞地点に当たるため駅構内に10㎞ポストが建っています。かつては貨物の取扱もあったそうで、貨物用のホームの跡も残っていました。


岩泉線20
岩泉線 秋 に採用された岩手和井内駅
(JR東日本オレンジカードより)



岩泉線17
岩手和井内駅と国道340号線

岩手和井内駅前210mの国道340号線は平成18(2006)年に和井内道路(L=4890m)の一部として整備されましたが、この際に老朽化していた開業以来の岩手和井内駅舎は取り壊され跡地には小奇麗な待合所が建てられました。旧駅舎はwikiに載っている写真を見ると、岩手刈屋の駅舎に瓜二つの造りであったようです。
また、国道340号線はここから雄鹿戸隧道(昭和10年竣工)を挟んだ岩泉町浅内地区まで約20㎞に渡って未整備区間が続く事になります。


岩泉線18
岩手和井内駅の待合所



岩泉線21
次回は秘境「押角駅」へ



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コメント
この記事へのコメント
初めまして。
岩泉線は、ローカル盲腸線と言う事から、非常に乗車率が悪いですよね。
まあ、儲からないから辞めようと言うのは、経営者とすれば当然ですが、そもそもこの路線では、良くしようと言う意図が感じられないんですよね。
一日終点岩泉まで来るのは僅か3本。途中から発車するのもあるので、4本の所もあるにしても少ない。
それは、駅交換が出来ない為、往復80km近くを走り終えないと次が発車出来ないから。
途中、交換駅が幾つかあったにも拘らず、交換設備を撤去してしまったが為に全線が閉塞区間。
こんなのおかしいですよね!
私が住んでる所も、始発、終点は1線しかないですが全線12km程の中で3箇所交換出来るので15分ピッチで走っています。まあ、全部普通ですけどね。
そういうことをせずに本数も3本で乗るわけが無い。小本まで繋げる気も無い。
まさに、事故をキッカケに廃線にする口実を待っていたかのよう。
経営怠慢が見て取れます。
もはや、本当に廃線になるか判らないですが、ほぼ決定なのでしょうね。
高齢化が進む中、弱者を切り捨てていく世間が情け無いです。
2012/06/28(木) 14:31 | URL | ソレックス #FkWAkW1I[ 編集]
コメントありがとうございます。私は岩泉線の地元民ではないので実情は分からないのですが、1日3往復しか運行が無い現状ではバス代行もやむを得ないのではないかと思います。
2012/08/17(金) 14:52 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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