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横河原橋01
横河原橋
(令和4年1月10日撮影)

讃岐街道(国道11号)が重信川を渡る横河原橋は、大正8(1919)年に従前の渡し船に代わる木橋が完成。しかし、この木橋は洪水のたびに流失してしまったことから、架橋から僅か11年後の昭和5(1930)年にはRC桁橋に架け替えられました。
ところが永久橋として建設された二代目の橋も昭和26(1951)年の水害で橋脚にダメージを受けてしまいます。とりあえずは被災した橋脚に応急処置を施して急場をしのいでいたものの、同29(1954)年には遂に落橋に至ったのでした。本格的なモータリゼーションが始まる前とは言え、既に川内、東予方面と松山市街を結ぶ路線バスも走っていたため、昭和31(1956)年に復旧するまでの約2年間は橋の下に仮設道路を通して対応したそうです(「えひめの記憶」より)。

【横河原橋】
昭和5(1930)年竣工
延長236m、幅員7m
RC桁橋


横河原橋02
河道部分の橋脚

復旧後の横河原橋には特段の問題は発生することなく、平成4(1992)年に重信道路の新横河原橋が開通するまで国道11号の重責を果たしました。現在は松山市勝山町の旧国道11号を起点とする県道334号・松山川内線に指定を受け、重信・川内間の生活道路として余生を送っています。


横河原橋03
横河原橋周辺の空中写真
(昭和37年撮影)

横河原橋が復旧してから6年後の空中写真を見ると、橋の下流側に河道を通る道筋のようなものが確認できました。復旧工事中に利用されていたという仮設道路の名残でしょうか。


横河原橋04
上の空中写真から横河原橋を拡大したもの



横河原橋05
松山側から見た横河原橋
(令和4年1月10日撮影)



横河原橋06
松山側の親柱
(左:「よこかはらはし」、右:「横河原橋」)



横河原橋07
川内側から見た横河原橋
(平成19年11月24日撮影)



横河原橋08
川内側の銘板
(「昭和5年10月」と「昭和31年3月」の架設年が併設されている)



横河原橋09
東温市志津川の旧国道11号
(令和2年4月5日撮影)

前述のとおり重信道路のうち志津川~斉院之木間が開通したのは平成4(1992)年。この写真の県道標識には同年まで国道11号の標識が設置されていた覚えがあります。


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