落出大橋01
大面河落出橋八釜入口
(昭和10年代頃)

今回の「この場所は今…」は愛媛県久万高原町柳井川(旧柳谷村)の面河川に架かる国道33号線・落出大橋をご紹介。
国道33号線は明治27(1894)年に全通した四国新道(丸亀~阿波池田~高知~久万~松山)の内、西側半分に当たる高知~松山間を基にしています(丸亀~高知間の大半は国道32号線になった)。四国新道が開通した当初は落出橋の架橋はなされず、県営渡船が磯ヶ成と落出の両岸を結んでいました。落出橋が最初に架けられたのは、松山~高知間が県道松山高知線(いわゆる大正県道)に認定された翌年の大正10(1921)年の事で、初代の落出橋は長さ82m、幅3.6mの吊橋であったと伝わっています。しかし、吊橋では徐々に増加してきた車両交通に対応できなくなった事から、僅か14年後の昭和10(1935)年には吊橋のすぐ下流側にコンクリート製の永久橋が開通する運びとなりました。この二代目の橋が上記絵葉書の落出大橋です。

地図


落出大橋02
現在の落出大橋

二代目・落出大橋も幅員4.0mと狭い上に両岸の取り付けが直角となっていた為、戦後のモータリゼーションが急速に進むと交通に大きな支障となり、架橋から32年後の昭和42(1967)年に三代目となる現在の落出大橋に役目を譲る事になりました。以後、約50年間に渡って旧柳谷村のシンボル的存在として余生を送っています。

【旧・落出大橋】
昭和10年竣工、延長90m、幅員4.0m
RCカンチレバー桁橋


落出大橋03
旧橋と現橋の分岐点(磯ヶ成側から)

【新・落出大橋】
昭和42年竣工、延長101m、幅員7.0m
鋼プレートガーダー橋


落出大橋04
磯ヶ成側から旧橋を見る
欄干は大部分が現存しているが、親柱は4基全て失われている



落出大橋05
旧橋上に停車中の松山駅行きJRバス

旧橋の橋上は公式にはJRバスの駐車場となっているので、松山行きバスが発車待ちで停まっている間は通り抜ける事ができません。平地の乏しい谷間の集落である落出では旧橋の路面も貴重なスペースなんでしょうな。


落出大橋06
かつては松山~高知間の急行バス等で賑わったJRバスの落出駅舎
現在は待合室としてのみ機能している



落出大橋07
落出大橋先交差点

落出大橋の西詰は国道33号線から旧国道440号線が分岐する落出大橋先交差点。この交差点は平成2年頃までは信号機の運用が今と少し違っていて、下の図のように高知側からの突き当りが黄色の点滅、梼原側と松山側が赤点滅で松山側には常時左折化の青色矢印が点いていました(現在は梼原方面への出入が感知式信号)。


落出大橋08
平成2年頃までの落出大橋先交差点における信号運用図
(地図上の信号機はいずれも点滅信号)





落出大橋09
伝・初代落出吊橋(平井橋)

旧柳谷村の隣村だった旧美川村(現在はいずれも久万高原町)の平井橋は初代落出吊橋を移設した物と伝わっています。しかしながら銘板には「昭和39年3月竣工」と明記されているばかりか、鋼材に目を向けても何だか安っぽくてとても大正以来の年代物とも思えません。平井橋自体は昭和初期から架かっていたという話なので、私は現在の吊橋は落出吊橋を転用した初代平井橋に代わって架け替えられた二代目の吊橋なのではないかと思ってます。

地図


落出大橋10
平井橋の重量制限標識


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/197-10e440c8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック