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加町坂01
加町坂峠
(戦前絵葉書より)

『愛治村の名勝絵葉書』に同村の「西ノ関門」として紹介されている加町坂峠。旧・三間町、旧・日吉村の全域が吉田藩の所領だったため、江戸時代から同藩内における重要路線の一つでした。そのような歴史的な経過があるためか、愛媛県内の3ケタ県道としては改築が早く、昭和53(1978)年には峠の下にトンネルが開通しています。


加町坂02
【A地点】 三間側の旧道分岐
(平成22年3月18日撮影)

以下は平成22(2010)年に加町坂の旧道を訪れた際の記録。当時の旧道は普通車でも問題なく通り抜けられました。新道の方は分岐点から400mほど登ったところに加町坂トンネルが口を開けています。


加町坂03
【B地点】 三間側の旧道

旧道は所々にすれ違いができるだけの待避所的なスペースがあるものの、落葉や草藪に浸食されているためノーリスクで通れる幅員は車一台分を残すのみ。用途が無さそうに見える三間側の旧道にも最低限の通行があるのでしょう。


加町坂04
【C地点】 警笛区間

峠の手前には朽ちかけた警笛区間の標識が残っていました。これが旧道区間で発見した唯一の道路標識です。


加町坂05
【D地点】 加町坂峠
(奥が愛治方面)

加町坂峠の深く長い切り通しは『愛治村の名勝絵葉書』と比べても(路面が舗装されている以外は)大きな変化はありません。峠が車道として整備された時期は不明ですが、昭和初期の地形図では既に現在と変わらない道筋が描かれており、大正時代には既に郡道の指定を受けていることから、遅くとも大正時代の初めまでには馬車道として開通していたのではないでしょうか。


加町坂06
【D地点】 加町坂峠
(奥が三間方面)

峠の愛治側には鬼北クリーンセンターが建設されたため、愛治側の短い旧道も同センターへの通路として整備されています。当初、私は峠にクリーンセンターを建設する見返りとして加町坂峠にトンネルが建設されたものと邪推していましたが、トンネル開通からクリーンセンター建設までの間には10年以上の開きがあることから、実際のところはクリーンセンターとトンネルは無関係のようです。


加町坂07
【E地点】 加町坂峠の里程標

整備が行き届いているので何の期待もしていなかった愛治側旧道だけど、加町坂トンネル坑口において江戸時代の里程標を発見。この里程標の建立年は慶応元(1865)年、加町坂峠からの行き先として「東 龍沢寺」、「西 宇和嶋、吉田、稲荷、佛木寺」が各地への距離と共に刻まれていました。


加町坂08
加町坂峠の里程標



加町坂09
【E地点】 加町坂トンネル坑口上から愛治方面を見る刻まれて



加町坂10
【F地点】 愛治側の旧道分岐



加町坂11
加町坂トンネル 愛治側坑口

【加町坂トンネル】
昭和53(1978)年竣工
延長219.8m、幅員6.5m、高さ4.5m


加町坂12
加町坂峠周辺地図



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コメント
この記事へのコメント
おはようございます。

私の〝定番〟ツーリングコースです。

海側から南予に行く時は、八幡浜から宇和~三間に抜けこの道を走りR320に出ます。

旧道がまだあるんですね。

勉強 参考になりました。

この道沿いではないですが、内山展望台 という施設が近くにあります。

今度、アタック予定です。
2021/03/02(火) 07:45 | URL | CBれる男 #SFo5/nok[ 編集]
あまり目立たない道なので、私はこの時が最初で最後の訪問でしたが、利用している人は結構いるんですね。
2021/03/04(木) 09:49 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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