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奥多摩ロープウェイ地図
ワラヂヤ道路地図 平成元年6月発行

昭和32(1957)年11月、戦前から建設が進められていた小河内ダムが完成し、多摩川が堰き止められ奥多摩湖(小河内貯水池)が誕生しました。
今回紹介する奥多摩湖ロープウェイは小河内ダムの完成から5年後の昭和37年1月に奥多摩湖の観光開発の一環として小河内観光開発株式会社によって開業、奥多摩湖北岸の川野駅(現在の中奥多摩湖バス停付近)と南岸の三頭山口駅(旧奥多摩有料道路料金所付近)を湖上を跨いで約600mの距離で結んでいました。
しかしながら営業実績は振るわなかったようで開業から5年も経たない昭和41年12月には運行を休止し、以来40年以上に渡って一度も再開されることなく、また廃止の手続きがされることもないまま現在に至っています。
上記のような休止の経緯から駅舎や車両などの設備が手付かずのまま放置されており、これらの遺構は東京近郊の廃墟スポットとして屈指の人気を誇っているようです。


奥多摩湖ロープウェイ01
【A地点】 旧奥多摩有料道路料金所跡

南岸の三頭山口駅へのアプローチは深山橋(国道139号)で奥多摩湖を渡って奥多摩周遊道路(都道206号川野上川乗線)から。奥多摩周遊道路は元は奥多摩有料道路と言い、昭和48(1973)年に全線開通、平成2(1990)年に無料開放されています。現在も料金所のブースが残されているのは夜間通行止の際に遮断ゲートが利用されている為です。ちなみに平成2年当時の通行料金は普通車で片道500円でした。


奥多摩湖ロープウェイ22
深山橋と三頭橋

ロープウェイの乗客が激減した理由として道路橋の開通が挙げられる事がありますが、川野駅~三頭山口駅間にある二つの道路橋の内、深山橋(国道139号線)はロープウェイ開業前の昭和32年に既に開通しており、もう一つの三頭橋(奥多摩有料道路)に至ってはロープウェイが休止になってから3年経った昭和44年の完成(開通は昭和48年)なので、奥多摩湖ロープウェイの衰退と橋の開通には関連性が無い事になります。強いて言うならロープウェイが休止された昭和41年頃から奥多摩有料道路の計画が持ち上がり、これをきっかけの一つとして小河内観光開発がロープウェイの事業継続を断念した可能性はあるのかもしれませんが。


奥多摩湖ロープウェイ02
三頭山口駅入口

料金所跡をくぐると三頭山口駅へ上る階段とロープウェイの支柱が残っていました。この駅への階段ですが、奥多摩周遊道路の法面と一体化しているので、開業当時からの物ではなくロープウェイ休止後の奥多摩道路建設時に造られた可能性が高いように思います。


奥多摩湖ロープウェイ03

法面の階段を登り切ると駅への道は消失し、山の斜面に踏み跡が刻まれているだけとなります。この事からも周遊道路からの階段が駅の道とは思えないのです。


奥多摩湖ロープウェイ04
廃墟と化している三頭山口駅舎

人気スポットだけあって訪れる人はそれなりに多いらしく、踏み跡はしっかりしていたので大した苦労もなく到着することができました。駅前はちょっとした広場になっていますが何もなく(何かあった痕跡もない)、ここに来た乗客は一体何をしていたんでしょうか?ロープウェイを利用して三頭山に登山する人がそれほどいたとも思えないし、このロープウェイが短命に終わった理由が分るような気がする立地です。


奥多摩湖ロープウェイ05
改札口

駅舎に入ると券売場と改札が迎えてくれます。改札口には奥多摩湖ロープウェイの諸元が書いた銘板が掲げられていました。


奥多摩湖ロープウェイ07

              奥多摩湖ロープウェイ
              三線交走式普通索道
              線路延長 621.45米
              両端高低差 0.65米
              乗車人員 最大36人
              運転速度 最大3.0米/秒
              輸送力 往復864人/時
              支索 ロックドコイルC型 直径48粍
              曳索及平衡索 フイラー型 直径18粍
              支柱 2基
              主動電気 交流三相整流子電動機55KW
              竣工 昭和36年10月
              設計制作 日本ケーブル株式会社


奥多摩湖ロープウェイ08

改札口に残る宣伝文句が書いた看板 「お家■■■に最■の 涼しい憩の■へ」



奥多摩湖ロープウェイ06

改札からプラットホームに下りる階段の頭上には「御注意 足許にお気をつけて下さい」と書いた看板が掲げられていました。先の宣伝文句と言い乗客への心遣いが見られる遺物の登場に、冗談のような短期間で営業を終えた奥多摩湖ロープウェイが、マジメに経営努力をしていた事が少しだけ感じられました。


奥多摩湖ロープウェイ09

昭和41年12月から止まったままになっているプラットホームと「みとう号」。休止から44年経った今でも川野駅までのケーブルは(見た目には)健在で、両端の駅ではそれぞれ車両(みとう号、くもとり号)を吊るしています。


奥多摩湖ロープウェイ21




奥多摩湖ロープウェイ20



奥多摩湖ロープウェイ12

みとう号の車内には座席も何もありません。撤去されたのかとも思いましたが、そのような跡も見られないので元々立ち乗り専用だったのでしょう。銘板では「乗車人員 最大36人」とされていましたが、この車両の容量ではとてもそんな大人数が乗れそうにありません…。


奥多摩湖ロープウェイ13
駅名標



奥多摩湖ロープウェイ14
プラットホームから機械室を見る



奥多摩湖ロープウェイ15
機械室内の歯車(?)



奥多摩湖ロープウェイ16
次回は対岸の川野駅へ



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