呉駅
開業時の呉駅(明治時代)

明治36(1903)年に呉線の海田市~呉間(約20㎞)が開業し、中国地方最大の都市である広島市と軍港呉が鉄道で結ばれました。軍用鉄道の色合いが濃かった呉線は戦前の軍拡に比例して、輸送量が増加の一途を辿ることになり、輸送力を増強する為に昭和10年代には複線化が計画され、12ヶ所あったトンネルには並行する新トンネルが掘削されたりしましたが、太平洋戦争の勃発、戦局の悪化によって完成することなく頓挫しています。
戦後、呉の軍事的重要性が低下した為、複線化計画は進展することなく完成していた9ヶ所の新トンネルも放置されていましたが、昭和45(1970)年の電化に際して新たに2か所の新トンネルを掘削して新線への切り替えが行われ、開業以来のトンネル12ヶ所は全て廃止されました。


呉線旧トンネル01
両城トンネル(L=127.0m) 呉側坑口

今回の探索(2006年11月25日実施)は呉駅から北上して行きます。
まずは呉駅から約700mの位置にある両城トンネル。このトンネル(新トンネルの方)は戦前の複線化工事の時には完成しておらず、電化時に新設された2つのトンネルの内の1つです。すぐ隣には明治36年に開通し、昭和45年に廃止された旧トンネルが口を開けています。

地図


呉線旧トンネル02
【01】 旧両城トンネル(L=84.5m) 呉側坑口

残念ながら旧トンネル内には土砂が詰め込まれていました。通り抜けは不可能では無いでしょうが、短いトンネルなので無難に迂回することにしました。最近、また海田市~呉間を複線化しようという動きがあると聞いていたので、旧トンネルも改築を前提として保存されているのかと思っていましたが、よくよく調べてみると仮に複線化が実現するにしても旧トンネルを再利用することはないようです。


呉線旧トンネル03
両城トンネル 海田市側坑口

こちら側も新旧の坑門が並んでいますが、旧トンネルはやや奥まった位置にあり坑門へ続く路盤跡は駐車場として利用されていました。


呉線旧トンネル04
旧両城トンネル 海田市側坑口



呉線旧トンネル05
旧両城トンネル内部







呉線旧トンネル06
吉浦トンネル(L=408.0m) 呉側坑口

呉駅から数えて2つ目のトンネル、川原石~吉浦間の吉浦トンネル。呉側の坑口には直接接している道路がないので接近には少々苦労します。
このトンネルも両城トンネルと同様に電化時に新設されたトンネルで、銘板によると着工は昭和44年5月、竣工は昭和45年3月とのことです。戦前の複線化工事で未完に終わっていたのは呉駅寄りの「両城」「吉浦」の2トンネルでした。

地図


呉線旧トンネル07
【02】 旧吉浦トンネル(L=356.0m) 呉側坑口

深い薮に阻まれて直前まで姿が見えなかった旧トンネルの坑門ですが、新トンネルと並んで現存していました。両城と同じ構造の石積み坑門です。


呉線旧トンネル08
旧吉浦トンネル内部

新旧トンネル共に内部は大きく右カーブしているため出口の光は見えません。先の両城トンネルほど迂回が容易ではないので、通り抜けて北口に向かいたいところですが、内部には土砂が詰め込まれており、抜けられる保証がないので断念しました。


呉線旧トンネル09
魚見山隧道 呉側坑口

呉線・吉浦トンネルと同じ尾根を貫いている国道31号線の魚見山隧道。昭和16年に着工し昭和20年に戦局の悪化により工事が中断されるという、呉線の複線化工事と全く同じ経歴を持つ道路隧道です。さして難所という訳でもない旧道に対して延長860.0m、幅員6.8mもの大隧道が計画された事実が、呉線複線化と併せて当時の呉の軍事的重要性を物語っているかのようです。ちなみに魚見山隧道は戦後復興の為に昭和21年には工事を再開し、昭和22年12月に開通しています。当時は栗子隧道に次ぐ国内第2位の長さを誇る道路隧道でした。


呉線旧トンネル10
吉浦トンネル 海田市側坑口



呉線旧トンネル11
旧吉浦トンネル 海田市側坑口



呉線旧トンネル12
旧吉浦トンネル内部

旧トンネル内の土砂は坑門から見える範囲にずっと続いていますが、這って動ける程度の空間は残っているようです。






呉線旧トンネル14
第1軽賀トンネル(L=443.0m)

3つ目のトンネルは吉浦~かるが浜間の小さな半島を貫く第1軽賀トンネルです。同じ半島を国道31号線は昭和10年完成の吉浦隧道で貫いています。

地図


呉線旧トンネル15
【03】旧第4軽賀トンネル(L=422.2m)

ここでも新旧の坑門が並んでいました。トンネル名は新トンネルが「第1軽賀」なのに対し旧トンネルは「第4軽賀」となっています。これは明治36(1903)年の海田市~呉間開業時には海田市が起点になっていたのが、昭和10(1935)年に呉線が三原まで全通し、三原起点に改められたことにより番号の数え方も逆からになったからです。


呉線旧トンネル16
旧第4軽賀トンネル内

旧第4軽賀トンネルには、これまでの2トンネルと違って廃土の詰め込みがなく初めての通り抜けを期待させてくれましたが。


呉線旧トンネル17
閉塞地点

400mほど進んだ出口付近と思われる位置で完全に閉塞しておりました。天井に損傷が見られないことから、海田市側の坑口から人為的に埋め立てられたものと考えられます。通り抜けられないとなると吉浦駅付近の踏切まで戻って国道を通るしかなく、2km近い遠回りになるので徒歩探索の身としては痛かった。


呉線旧トンネル18
吉浦隧道 呉側坑口

旧第4軽賀トンネル直上の吉浦隧道(昭和10年竣工、L=283.4m、W=6.8m)で海田市側に迂回して次回に続きます。


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