三秋信号所1
三秋信号場のホーム跡

昭和38年2月1日、4年に渡る地元の誘致運動が実り予讃本線に高野川駅が開業しました。
高野川駅が設置された伊予市~伊予上灘間は単線で駅間が9.8kmと長く、途中に駅を設けると列車の離合が難しくなる為、駅と併せて三秋信号場も開設されています。
8ヵ月後の10月1日には向井原駅も開業し、伊予市~伊予上灘間は以下のように細かくなりました。

伊予市-1.2km-向井原-3.0km-三秋信号場-2.4km-高野川-3.2km-伊予上灘

昭和61年3月3日に内子経由の新線(内山線)の開通に伴い旧線を経由する列車が激減した為、三秋信号場は役目を終え廃止されました。
現在、信号所の跡地は単線に戻され、下り線跡は薮に埋もれていますが、上り線のホームと職員の詰所が残っています。


三秋信号所2

詰所に掲げられた札には「安全 第一」と「鉄停 信号所■号」の文字が見えます。 詰所の中は埃が積もっていて長い間、使われてない事が窺えました。今後も利用されることは無いでしょうな。


三秋信号所3

端踏切(南側)から見た三秋信号場。
昭和49年の航空写真によると南側はこの辺りから複線になっていたようです。奥に写っている看板は一枚目の写真と同じ看板です。三秋信号場の複線区間は約500mありました。


三秋信号所4

信号場の南端には用途不明の側線が分かれています。昭和49年の航空写真ではこの側線はまだ無いように見えるので、もしかすると信号場廃止後に設置されたのかもしれません。


三秋信号所5

新線の犬寄トンネル(L=6,012)を抜け伊予中山駅を通過中の「しおかぜ」。新線開通以後は旧線経由の優等列車は無くなりました。


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