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南伊予駅01
南伊予駅建設予定地
(平成30年7月27日撮影)

今年の夏に予讃線の北伊予駅~伊予横田駅間(愛媛県伊予市上三谷)に建設中の新駅と車両基地を見に行ってみると、1年前と比べてだいぶ工事が進捗しているように見受けられました。
ところでJR四国からは先月になって新駅が「南伊予駅」という駅名で、平成32(2020)年開業予定であるとの発表があったみたいですが、新駅設置は10年以上も前から決まっていて、しかも当初は平成27(2015)年度に開業を予定していた経緯があるので今更感は否めません。

愛媛)JR予讃線に「南伊予駅」設置 2020年開業へ

JR四国は26日、予讃線の北伊予―伊予横田間に新たに「南伊予駅」(愛媛県伊予市上三谷)をつくると発表した。2020年春に開業する予定。
(中略)
 予定地の隣には、県による松山駅付近の高架化事業に伴い、同駅から貨物駅と車両基地が移転する。周辺交通の利便性の向上などを図る地元から要望があり、「請願駅」として整備するため、工事費約1億7千万円は県と伊予市が負担する。
(以下略)


朝日新聞デジタル 平成30年11月27日(火)配信記事より


南伊予駅02
南伊予駅建設予定地
(平成29年5月7日撮影)



南伊予駅03
昭和7年発行「郡中」(1:50000地形図)

「南伊予」という駅名は昭和29(1954)年まで新駅建設予定地に存在していた伊予郡南伊予村に由来するもので、旧村域は現在の伊予市のうち下三谷、上三谷、上野、宮下、八倉が該当します。ちなみに南伊予村の道路元標は上野にあった村役場前に設置されていたはずですが、10年ほど前に捜索してみたところ現存してないようでした。





南伊予駅06
長泉寺の後藤又兵衛像

旧・南伊予村宮下の長泉寺には大坂夏の陣(1615年)で戦死した後藤又兵衛の供養塔があります。又兵衛の伯父が長泉寺の住職だった縁で当地に葬られたんだとか。平成27(2015)年には又兵衛の没後400年を記念して、黒田二十四騎図に描かれている姿を模した石像が建立されました。


南伊予駅07
後藤又兵衛基次公菩提所の碑

後藤又兵衛基次公菩提所

後藤又兵衛基次は播州姫路の生んだ人で、黒田孝高(如水)の子長政につかえた。戦場では一騎駆けをせず、全局面を見とおし戦機を一瞬に把握する力を持っており、一軍を統率する智勇を兼ね備えた武将で秀吉からも愛された。
元和元年(一六一五)大坂夏の陣で道明寺の戦に敗れ、小松山で戦死した。
又兵衛の首は、従者吉村武衛門によって戦後ひそかに泥田から掘り出され、遺言通り伯父のいる長泉寺へ持ち帰りねんごろに葬ったと伝えられている。
長泉寺は又兵衛の母方の伯父藤岡九兵衛が住職となっていた寺であり、又兵衛が筑前大隈の城をすて、故郷へ帰る途中立ち寄った所である。
(伊予市教育委員会の案内板より)



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