橋の墓場01
愛媛県道28号線 川辻橋

数年前に愛媛県内の道路元標探しをしていた時、日土村(昭和30年、八幡浜市に編入)の道路元標があったという出石橋(字川辻出石橋東詰)を訪れました。
(元)出石橋に該当すると思われる県道28号線(長浜保内線)の橋は平成元年に架け替えられており、橋名も字名を冠した「川辻橋」となっていました。残念ながらこの場所に道路元標は現存していませんでしたが、川辻橋東詰には農協の支所もあり、他に出石橋に該当する橋梁も字川辻には存在しないことから、ここが日土村の道路元標跡だと納得しました。


橋の墓場02
県道28号線 八幡浜市日土町

失意の帰路の道中、旧日土村内(八幡浜市日土町)の県道沿いに、道路元標と同サイズの石柱群が数基保存されているのを発見。他県では撤去された道路元標を記念に移設保存している例が多くあると聞いていたので確認してみることにします。


橋の墓場03
橋の墓場

生憎、石柱群の中には道路元標は無く、その多くは橋の親柱でした。架け替えられた橋の親柱が保存されているのはよくある事ですが、複数の親柱が一ヶ所に集められているという例は珍しいと思います。


橋の墓場04
ひづちはし

まず右端の親柱、「ひづちはし」。「日土橋」は現県道28号線にも存在し、位置的には旧日土村の入口に当たります。この親柱には竣工年度は刻まれていませんが、飾り気のないこのタイプの親柱は南予地方では大正時代の橋梁によく見られる造りです。その左隣には「嘉永二巳酉年 施主 矢頭吉蔵 雨井」等と刻まれた由来不明の標石もおかれていますが、こちらは嘉永二年が1848年である事と雨井という地名が旧保内町に現存するという程度のことしか分りませんでした。


橋の墓場05
■出橋 昭和八年

中央の二つの親柱は構造から一セットの物であると想像されます。銘板の一部が欠損している為、正式名称は分かりませんが、旧日土村内に今出という字名があるので「今出橋」でないかと思います。


橋の墓場06
梶谷岡橋

梶谷岡も旧日出村の字名の一つで、同地区内に架け替えられた梶谷岡橋が現存しているのを確認しています。


橋の墓場07
志もうわばし

そしてこの親柱群の中で一番謎だったのが、この「志もうわばし」。「志もうわばし=下宇和橋」の事だと思うのですが、下宇和橋はここから遥か遠くの西予市(旧宇和町、それ以前は下宇和村)に架かる橋で、なぜ50km近くも離れたこの地に保存されているのかちょっと理解できませんでした。


橋の墓場地図



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