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桟橋通五丁目駅01
北側から見た桟橋通五丁目駅
(戦前絵葉書より)

土佐電・桟橋線は明治37(1904)年に鏡川より南側(梅の辻~桟橋間)が開業したのを起源としています。2年後の同39(1907)年には潮江橋の開通によって、現・伊野線との接続と市街中心部への乗り入れが可能になりました。昭和3(1928)年になると、はりまや橋高知駅を結ぶ路線が開業した事から、堀詰に接続していた梅の辻以北の経路をはりまや橋接続に改め、高知市街を南北に縦断する現在の桟橋線の形状が完成しています。
戦前戦後にかけては桟橋から南方に延伸して、佐川との国鉄誘致競争に敗れた高岡(現・土佐市)方面に鉄道を敷設する構想もあったらしいですが、結果的にこの計画が実現する事はありませんでした。


桟橋通五丁目駅02
北側から見た桟橋通五丁目駅
(平成22年1月23日撮影)

昭和21(1946)年に発生した南海地震では、高知市内が大規模に浸水してしまったため、復興に際して海岸線を覆うように高い堤防が建設されています。





桟橋通五丁目駅03
南側から見た桟橋通五丁目駅
(平成17年8月31日撮影)

開業以来、長らく高知の玄関口として繁栄していた桟橋通五丁目駅も、昭和の中期頃から社会情勢の変化により衰退期に入り、2000年代前半には東京、大阪方面への航路が相次いで廃止になっています。そんな世相を反映してか、私が初めて当駅を訪れた時(平成17年)には、とても終着駅とは思えないショボい駅構造に驚いたものです。土佐電の方でもさすがにマズいと思ったのか、平成21(2009)年に改良工事が実施され、駅として一応の体裁が整えられました。


桟橋通五丁目駅04
南側から見た桟橋通五丁目駅
(平成22年1月23日撮影)



桟橋通五丁目駅05
車止めの設置によって分断された終端部のレール
(平成22年1月23日撮影)






桟橋通五丁目駅06
桟橋通五丁目駅から桟橋車庫前駅を見る
(平成17年8月31日撮影)

桟橋通五丁目駅と隣の桟橋車庫前駅(平成19年に岸壁通駅から改称)は交差点を200mしか離れておらず、両駅のホームから隣の駅構内をはっきりと見通す事ができる程です。


桟橋通五丁目駅07
桟橋通五丁目駅から桟橋車庫前駅を見る
(平成22年1月23日撮影)






桟橋通五丁目駅08
昭和62(1987)年に完成した桟橋車庫

最後に桟橋車庫前から梅の辻まで、県道34号・桂浜はりまや線上に設置された桟橋線の各駅を見て行きましょう。


桟橋通五丁目駅09
桟橋通四丁目駅



桟橋通五丁目駅10
桟橋通三丁目駅



桟橋通五丁目駅11
桟橋通二丁目駅



桟橋通五丁目駅12
桟橋通一丁目駅



桟橋通五丁目駅13
梅の辻駅



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