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静岡市内線01
【A地点】 金座町から安西方面を見る
(戦前絵葉書より)

かつての静岡市内には静岡駅前から安西地区まで静岡鉄道・静岡市内線という総延長2kmばかりの路面電車が通っていました。まず静鉄・静岡清水線の延伸区間として大正11(1922)年に新静岡~静岡駅前間が開業し、その後は何度か延伸開業して昭和4(1929)年には静岡駅前~安西間が全通しています。
戦後になると自動車の普及に伴い業績が悪化し、渋滞の原因と目されるようにもなった事から、昭和37(1962)年に全区間が廃止となりました。


静岡市内線02
【A地点】 金座町から安西方面を見る
(平成25年4月26日撮影)

上の絵葉書では「上魚町通り」とされている電車通り(呉服町~安西間)は、昭和初期に「茶町通り」、「金座町通り」と改められています。現在ではやや寂れている感じがしますが、江戸時代には町名の由来にもなった金座が置かれていて、駿府城下の中でも特に栄えていた一角だったとの事です。





静岡市内線03
【B地点】 安西駅跡

終点の安西駅は安西2丁目交差点にありました。跡地には現在はローソンが建っており、駅の遺構は全く残っていません。


静岡市内線04
【C地点】 呉服町から中町方面を見る

前述のとおり静岡市内線は、最初に新静岡~静岡駅前間が静岡清水線の一部として大正11(1922)年に開業しました。次いで大正14(1925)年に新静岡~中町間、昭和元(1926)年に呉服町~安西間が開業。そして最後まで未開通区間として残っていた中町~呉服町間(L=0.1km)が昭和4(1929)年になってようやく開業した事によって晴れて全通した訳です。





静岡市内線05
【D地点】 県庁前~新静岡間
(戦前絵葉書より)

市内線の軌道は県庁前付近では静岡御用邸に沿って駿府城の堀端に敷設されていました。ちなみに静岡御用邸は明治33(1900)年に建てられた木造2階建ての皇室専用宿所で、昭和5(1930)年には静岡市に払い下げられたものの、昭和20(1945)年の静岡空襲によって焼失しています。


静岡市内線06
【D地点】 県庁前~新静岡間
(平成25年4月26日撮影)






静岡市内線07
【E地点】 静岡駅前から新静岡方面を見る

新静岡からは市内線は真っすぐ南下して現在の静岡駅東交差点から静岡駅前に出てきていました。静岡駅前駅は松坂屋の正面、バスターミナルの入口付近にあったそうです。


静岡市内線08
【E地点】 現在の静岡駅前






静岡市内線09
【F地点】 昭和30年代頃の静岡駅前

この絵葉書は静岡駅前から呉服町通り(左)と県道27号(右)を撮影したもの。呉服町通りの入口に掲げられている「富士山を模したネオン」は昭和27(1952)年に完成し、高度成長期における静岡駅前のシンボル的な存在でした。


静岡市内線10
【F地点】 現在の呉服町通り
(平成25年4月26日撮影)



静岡市内線12
【F地点】 戦前の呉服町通り



静岡市内線11
静岡駅周辺地図



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